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第11回 効果的なリスキリングの事例②~チャレンジ精神の醸成リスキリングと人事DXの進め方

公開日:2025年12月5日


リスキリングを導入すると、「デジタル人材の育成」という効果以外にも、「従業員のチャレンジ精神の醸成」という副次的な効果を生み出すことがあります。今回のコラムでは、リスキリングを「チャレンジ精神の醸成」に結び付けたB社の事例について解説します。

目次

「手挙げ制」の導入とチャレンジ精神の醸成

B社は、従業員数約2,000名、全国で70店舗を運営する小売業です。B社では、10年ほど前から「販売の中心は店舗からオンラインストアに移行する」という予測のもと、従業員にITスキルを習得させるリスキリングに取り組んできました。具体的には、この10年間で次の施策を実施しています。

  • 社内のITスキルを「レベル1~5」の5段階に区分けし、従業員全員にITスキル・レベルを設定する。
  • レベルに応じた「スキルIT研修」を実施する(なお、研修は、原則として「自由参加」とする)。
  • 役職登用や配置転換において「手挙げ制(会社が公募する役職・職務などを社内に示し、従業員がそれに応募する仕組み)」を導入した。

図表1 B社が設定した「ITスキル・レベル」

区分:概要:具体的なイメージ/レベル5:経営戦略の策定:IT分野に関する専門知識を持ち、情報戦略を策定できる。データ分析を行い、経営戦略を策定することができる。/レベル4:マネジメントへの活用:システムに関する知識を持ち、業務改善を進めることができる。Visual Basic、Python等のプログラミング言語を使うことができる。/レベル3:業務の効率化・高度化:Excelを使った統計分析、PowerPointを使ったプレゼンができる。ローコードアプリを使って業務アプリを開発することができる。/レベル2:日常業務への活用:Word、Excelを使って文書や資料を作成できる。生成AIを業務に活用できる。/レベル1:エントリーレベル:Word、Excelなどの基本操作ができる。生成AIに関する基礎知識を持っている。

これらの施策により、B社では、ITスキル研修の受講も、店長への昇進も、従業員本人が「手を挙げる」ことが最初のステップとなりました。つまり、B社は、年齢や経験に関わらず、やる気がある従業員が、スキルアップや昇進のチャンスを得られることを社内に示したわけです。当初、このような会社の施策に多くの従業員が戸惑っていましたが、ITスキルを高めた52歳の一般社員が新事業責任者に抜擢されたり、28歳の若い店長が出現したりすることを目の当たりにして、「自分も挑戦してみたい」と言う従業員が増えてきました。

B社は、リスキリングを進め、それと併せて「手挙げ制」を導入することによって、従業員のチャレンジ精神の醸成という効果を出すことに成功しました。今では、チャレンジ精神を持つ従業員が自主的にリスキリングに取り組む、そして、リスキリングに成功した従業員が新しい事業・職務にチャレンジする、というサイクルが回り始めています。

チャレンジ精神をベースにした、従業員のキャリア自律

リスキリングによって醸成されたチャレンジ精神によって、B社には、新たな変化が起こりました。
その変化とは、「従業員が自分のやりたい仕事を自主的に考えて、学ぶことを継続的に行う『キャリア自律』が進んだ」ということです。

B社では、リスキリング導入前まで、多くの従業員が、「30歳代前半のタイミングを逃すと、店長に昇進できない」、「店長に昇進しない、あるいは店長を降りると、社内に居場所はなくなる」などと考えていました。この考え方がB社内に浸透していたため、「店長候補者および店長は育児休業を取得できない」あるいは「店長に昇進しない者、店長を降りた者が退職してしまう」などの問題が発生していました。

しかし、リスキリングによってチャレンジ精神が高まると、「育児をしながら店長もこなすキャリアに挑戦しよう」とか「店長を降りた後、リスキリングをして、マーケティングの仕事に挑戦してみよう」などと考えて、それを実践する従業員が出てきました。このように、従業員の「キャリア自律」が進んだことにより、B社は、リスキリング導入後、男性の育児休業率は上昇し、また店長を降りた従業員の退職率も減少しています。

そして、働きやすく、長期にわたり継続勤務が可能な職場環境が整備されたことにより、B社の従業員は、エンゲージメント(帰属意識)を高め、さらにリスキリングに取り組むようになっています。
リスキリングによって醸成されたチャレンジ精神を「従業員のキャリア自律」に結び付けていくためには、会社として、従来のキャリアに対する考え方(例えば「店長昇進=30歳代前半」という固定観念など)を変えること、そして、リスキリングに成功した従業員にチャンスを与えること(例えば、店長を降りた従業員に、新しいスキルを活かせる仕事を与えること)が必要になります。
B社の場合、このような「社内の固定観念を変えること」や「新しいチャンスを与えること」を実現する上で、リスキリングと併せて「手挙げ制」を導入したことが効果的だったと言えるでしょう。

以上が、リスキリングを効果的に進めてきたB社の事例です。
皆さんの会社でも、B社の事例を参考にして、リスキリングを「従業員のチャレンジ精神の醸成」に結び付けていただきたいと思います。
次回(第12回)は、このコラムの最終回として「これからのリスキリング ~リスキリングと人的資本経営」について説明します。

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著者プロフィール

深瀬勝範(ふかせ かつのり)

Fフロンティア株式会社
代表取締役 人事コンサルタント 社会保険労務士
一橋大学卒業後、大手電機メーカーに入社、その後、金融機関系シンクタンク、上場企業人事部長等を経て独立。
現在、経営コンサルタントとして人事制度設計、事業計画の策定などのコンサルティングを行うとともに執筆・講演活動などで幅広く活躍中。
主な著書に『はじめて人事担当者になったとき知っておくべき、7の基本。8つの主な役割』『Excelでできる戦略人事のデータ分析入門』(いずれも労務行政)ほか多数。​