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生成AIが拡げるDXの未来 後半INNOVATION INSIGHTS イノベーションのヒント

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公開日:2025年6月5日

生成AIとDXの関係

本稿後半では、さまざまな研究機関・企業と協業を進めながら、AIを中心としたデジタルテクノロジーを活用した新事業および業務改革、サービス・事業開発を主としたコンサルティングを提供し、生成AIの社会実装を推進している、株式会社シグマクシス 常務執行役員 溝畑彰洋氏のご協力により、同氏が見通す、DXに対する生成AI適用の将来形を紹介する。

溝畑氏は、生成AIのDXへの影響を分析するにあたり、2つの観点を示し解説した。1つは既存業務の効率化である「デジタル化」への影響、もう1つは新しい業務・サービス・ビジネスモデルの創出である「トランスフォーメーション」への影響である。
「デジタル化」に対する生成AIの影響は、既存業務で得られているデータをフル活用することに相当する。たとえば、ECサイト等にて得られる自社商品に対する口コミ情報を分析して、他社商品との差別化要素から改善策を立案するシーンを想定する。
従来のテキストマイニングツールでも、口コミを各カテゴリー(飲料であれば味、香り、飲みやすさなど)ごとにポジティブ・ネガティブ評価に分類し、統計分析することは可能である。しかし、生成AIを活用することで、この分析プロセスが大きく変わる。口コミの評価分析を短時間で大量に処理できるだけでなく、自社商品と他社商品の口コミ傾向の差異を分析し、過去の改善活動データベースを基に、商品の差別化に向けた具体的な改善策まで提案できるようになる。つまり、生成AIは既存のデジタル化プロセスを圧倒的に加速させる力を持っている。
生成AIの活用は、「トランスフォーメーション」においてより大きなインパクトが期待できる。これを新しい損害保険商品の例で説明してみる。
従来型の自動車保険では、商品設計から販売、保険金支払いまでの一連の流れが、全て自社内システムで完結する形で構築されている。
一方、新しい損害保険商品、たとえばイベントのキャンセル保険を想定すると、その仕組みが大きく異なる。商品設計はイベント会社との協働が必要となり、販売は保険会社が直接関与せず、保険金支払いの判断に必要な情報も、イベント会社や天候情報会社など外部企業から入手することになる。つまり、データの収集方法自体が従来型の保険商品とは全く異なるのである。
このような新しい形態のビジネスで生成AIの効果を最大限に引き出すには、単にデータを分析するだけでなく、必要なデータをどのように入手するかを事前に設計することが重要となる。このような戦略的な検討により、生成AIの可能性を最大限に活かした新しい仕組みが生まれ、それ自体が新たなビジネスモデルとなっていく。
つまり、トランスフォーメーションと生成AIの活用を一体的に考えることで、新しいビジネスモデルを生み出す余地を際限なく広げることができる。
これらの事例から、今後5年間の展開について次のような見通しを立てている。
まず、新規ビジネスモデルの構想段階から、生成AIの活用とそれに必要なデータ収集の方法を一体的に検討する戦略的なプレイヤーが次々に出てくるとみている。一方で、DXや生成AIという言葉だけに飛びつき、その導入自体を目的とするような表面的な取り組みは早々に限界を迎えるだろう。代わって、生成AIで拡張されるDX を前提としたビジネスモデルが次々に実装されるものと予想している。
このように、ビジネスモデル創出を巡る競争は一層激しさを増すと予想される。そのような環境下では、経営層からの指示待ちでDXや生成AIの導入を検討するような受け身の姿勢では不十分であり、経営層自身が主体的に、DXや生成AIの効果を最大限に引き出すための経営戦略を考え抜くことが重要となる。
さらに、そうした戦略的検討に参画できる人材の育成と拡充が、組織にとって不可欠になってくるだろう。

溝畑氏との対談

生成AIが拡げるDXの未来について、溝畑氏と対談を行った。

5年後をみて考えていくのが重要との話だが、今から着手しないと5年後に花が開かないという話とも理解した。生成AIが拡げるDXの未来というテーマに関して、いくつかお考えを伺いたい。
一つ目の質問であるが、生成AIを新しい技術としてDXに活用する場合、すでにサービスになっているものを使うか、研究段階から取り組むかという問題がある。ただし、すでにサービスになっているものを使う姿勢ならば、適するサービスが出てくるのを待たないといけない場合もあり、競合他社に対して後手に回ることもあると考えられる。生成AIを使う場合に、どういう戦略が妥当なのか。(鈴木)

本当にたくさんのサービスが急速に出ているので、適するサービスが出てくるまで待つという考え方はあるだろう。基本的には、どういった領域が企業のなかで競争領域なのか、あるいは協調領域なのかという観点で考える必要があるだろう。
もし協調領域なら、後手に回っても大きな影響はない。安くて安全性の高いものをつかっていけばよい。一方、競争領域ならば、飲料メーカーの事例のように、新たな価値を作っていくことも重要である。(溝端氏)

5年後をみすえた自社の戦略が重要であるという話である。DXを進めるために生成AIを有効に活用していくことを考える場合、DXのなかでもトランスフォーメーション方向に進めていく場合には有効なのか、どう生かせるのかを考えたい。
デジタル化の方向であれば、業務効率化度合いを見ればよいということで、投資対効果を測ることもわかりやすい一方、トランスフォーメーション方向は少しわかりにくい。実践している企業はどのようなやりかたで進めているのか。(鈴木)

トランスフォーメーションへの活用が有効かについては、技術の観点ではないことが多い。たとえば、コロナ禍の際は、ZoomやTeamsがそうだ。当然、使わなければ業務が進まないから定着したわけであるが、そのときには、投資対効果をどう考えていたのか。Zoomを導入したら出張が減った、移動が減った、工数がこの程度減る、ということで投資対効果を出す企業を多数見たことがあるが、では、社用スマホの導入ならどうか、さらにさかのぼってメールの導入ならどうか。時代毎の新しいインフラの導入については、投資対効果を出しづらいという特徴がある。証明しなくても、ある程度の費用であれば導入できる予算をもつ企業は動きが早い。そうでないと、他社が進んでからでないとできない、それでよいのかという話になってしまう。
例えば新卒入社のような若い者が生成AIをどう使っているかというと「質疑応答のシミュレーションを、生成AIを使って作ってみました」と持ってくることがある。そんな時代に「当社は生成AIの導入については後手に回っています」というのは、それ自体がリスクになってしまう。出島のような新しい組織をつくり、経費から分けて試験的に導入していく。まずは投資対効果を重視するよりも、枠を外した企業が強くなる。(溝畑氏)

たしかに、研究予算となると大掛かりな話になってしまうが、試す予算という話なら、従来型の投資基準とは区別して、手を付け始めることができるのではないか。(鈴木)

営業部門やマーケティング部門であれば、そういう予算をもっていることが多い。一方、IT部門、DX部門となると、そのような遊び金が許されていない企業が多く、時代の変化に取り残されることになりかねない。(溝畑氏)

生成AIが拡げるDXの未来①/自社のことをわかっている自動化

ここまでで、DXのD軸方向/X軸方向それぞれに対する、生成AIの貢献について述べた。中でも、当社ビジネスイノベーション推進センターは、X軸方向への取り組みの重要性をより提唱しており、以下では生成AIがトランスフォーメーションを拡げる例について触れる。
生成AIは、多くのデータ・情報の分析結果が、数値やグラフでなく言葉で説明されることで、専門家でなくてもさまざまな業務に応用ができる。また、言葉だけでなく、画像、映像、音声などに表現に広がり、扱えるデータが増えることで多くの自動化が進むことになる。このようにできる範囲が広がっていくと、さらにそれを応用してトランスフォーメーションの方向にもさまざまな新しい価値が生まれてくる。その例を以下に4つ挙げる。
まず一つ目が、「自社のことを分かっている自動化」である(図6)。
従来からあるルールベースの自動化から、AIベースの自動化に移行していく。指示された目的に向け、推論と実行時のフィードバックを受けて意思決定を行うことで、例外にも強い自動化が進んでいく。
例えば、私が会社から帰る時に、妻に「ヨーグルトを買って帰ってきて」と頼まれたとする。

図6 自社のことを分かっている自動化
画像:図6 自社のことを分かっている自動化

ルールベースであれば、「AスーパーのX列目の右側に陳列されているB社のヨーグルト(プレーン味)を一つ購入すること」という指示が必要であろう。しかし、これを実行するためには、想像しうる全条件を事前に記述しないと、無事にヨーグルトを買って帰ることができない。例えば「もし売り切れている場合はCスーパーに行くこと」といったことも考慮すると、全てのパターンを作成しなければならず、ルールベースは前提(概ねスーパーマーケットは品切れをしないように運営されており、消費者もそれを期待して行動している)が崩れると、目的が達成できなくなる。
これがAIベースであれば、明確な指示に該当しない状況に遭遇した場合でも、要件を満たす答えを探すことができる。
上記の例で、指定されたB社のヨーグルトが陳列されていなかった場合、妻の好みを考慮すれば、プレーン味であればD社のものでも問題ないと判断できる。
学習内容に基づいて機動的に推論・予測を行って意思決定する、人の思考・行動に似た柔軟な対応をAIが行うことで、企業の業務効率化がさらに進み、自動化のレベルが向上するイメージが湧くだろう。

生成AIが拡げるDXの未来②/個客体験でロイヤルティ向上

次の未来は「個客体験でロイヤルティ向上」である(図7)。
これまでは、セグメントやグループといった単位でお客様の情報を捉えていた。しかし生成AIを活用することで、お客様個々に合わせた提案が可能となり、良質な顧客体験の提供によってロイヤルティ向上につなげることができるようになる。

図7 顧客体験でロイヤルティ向上
画像:図7 顧客体験でロイヤルティ向上

ECサイトではすでに、顧客データを活用した個別一人一人にカスタマイズされた対応が可能になっている。こうした個客別対応の動きは、実店舗などのリアル店舗でも、カメラ画像を活用した自動化により実現しようとする企業が増えている。
例えば、スーパーマーケットでのお客様の行動に基づいて、個別のオファーを出すことが想定される。お客様が、ECでは日常的に購入してる製品とは異なる競合製品、それも小さめのボトルを手に取ったという行動があったとする。これまでは購入後のデータでしか顧客を把握できなかったが、店舗内をカメラでとらえ生成AI で解析することで隠れたニーズに気づき、個別に最適化されたオファーを出すことが可能になる。

生成AIが拡げるDXの未来③/バリアフリーな知識共有

3つ目は「バリアフリーな知識共有」である(図8)。
これはコミュニケーションの障壁として存在する言語や専門知識の違い、表現方法の違いを生成AIが間に入ることで解消し、発信者と受信者のギャップを埋めて、知識共有が促進されるという考え方である。

図8 バリアフリーな知識共有
画像:図8 バリアフリーな知識共有

例えば、発信者側は受信者に伝わりやすいように表現するが、受信者側の知識の差や好みによっては、まず簡単に映像化してもらい、概要をつかんだ後で詳細をテキストで読むといった情報の受け取り方もあるかもしれない。生成AIが間に入ることで、映像や文章を柔軟に使い分けることができる。
今後は、受信者側のリクエストに応じて表現方法が変わることが想像される。発信者側は受信者のニーズを想像するよりも、自分自身が発信する内容をしっかりと言葉にすることが重要になるかもしれない。こうしたバリアフリーな知識共有により、ナレッジマネジメントがより効果的に推進されることが期待される。

生成AIが拡げるDXの未来④/デジタルアシスタントとの協働

最後は「デジタルアシスタントとの協働」である(図9)。

図9 デジタルアシスタントとの協働
画像:図9 デジタルアシスタントとの協働

問い合わせ対応などは、自動化が進み、すでに多くのチャットボットサービスが実用化されている。さらに、人間による思考や判断が必要な領域においても、自社のノウハウを学習させた、自社の事情を理解したデジタルアシスタントとの協働が増えていくと予想される。
トランスフォーメーションを推進するには、新しいアイデアや手法、ビジネスモデルの変革が不可欠である。その為には、自社と社会の状況を理解したデジタルアシスタントとの対話が極めて重要な役割を果たす。生成AIは、自社の事情や社会動向を理解した上で、客観的な視点から新しい組み合わせを提案できる。
この協働により、人は知的生産性を高め、新たな価値の創造や未知の領域への挑戦が可能となり、より効果的にトランスフォーメーションの実現に貢献する力を秘めている。

生成AI活用時の留意事項

生成AI導入によるリスク(嘘をつく、ハルシネーション、著作権侵害、フェイクニュース、など)がある。
AIの進化の過程で対策が取られたり、別の問題に派生したりと変化することから、リスクコントロールする観点が重要と考えている。
生成AIを利用する企業の理念、価値観や目的との整合性確保(アライメント)に注目し、時代に合わせて変えていかなければならない。世の中に、新しい価値観や倫理観が形成されるタイミングに先んじて、企業はそれにそった活動が求められる。
特に、さまざまな立場の人が意見をもつ注目度の高いテーマ(人種差別や権利意識といった視点)などは、企業の立場、価値観や方針をしっかりとAIに学習させておいたり、運用における対応策を検討しておくなどの準備が必要である。

まとめ

以上、生成AIがDXの可能性をどのように拡げるかという観点で、さまざまな仮説を提示した(図10)。

図10 生成AIが拡げるDX

画像:図10 生成AIが拡げるDX

あらためて当センターが提唱する「DX推進マトリクス」にあわせて考えてみる。
デジタル方向(D軸)においては、生成AIの新機能が業務効率化や生産性向上に直接的な効果をもたらすことが期待できる一方、トランスフォーメーション方向(X軸)では、生成AIの活用により新たな価値が創出され、DXの領域自体が大きく拡大する可能性がある。
生成AIの進化と普及は、各社が目指すDXのゴールそのものを変容させる力を持っており、DX戦略の再考が必要になるほどの影響力を示している。


キヤノンITソリューションズは、お客様のビジネス環境や経営戦略に関する”想い”を起点に、ビジネスデザインとビジネスサイエンスにより、お客さまとともに競争優位の確立に邁進します。この「共想共創ステーション」を通じて、私たちビジネスイノベーション推進センターの取組を随時発信しますのでご待ください。

筆者紹介

写真:ビジネスイノベーション推進センター ビジネスデザイン部 部長鈴木 基重
鈴木 基重
ビジネスイノベーション推進センター
ビジネスデザイン部 部長

Webアプリケーション開発エンジニア、24時間365日稼働のインターネットサービス事業の開発・運用を担当。その後、AIソリューション事業の立ち上げ、コンサルファームへの出向をへて、2021年より現職。ビジネスイノベーション推進センターの立ち上げから参画し、同センターにてDX戦略策定から新規サービス開発まで幅広く手掛け、自動車関連企業のDX戦略立案やリテール業向けサービス開発など、多様な産業のデジタル変革を推進している。

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