生成AI時代:生産計画における数理最適化の意義~PSIを支える「計画知」の再考~SCM計画系コラム「SCPナレッジの杜」
公開日:2026年10月22日
生成AIは、計画業務の説明や整理を大きく助けてくれます。しかし、納期・能力・在庫・部材が絡み合うPSIの現場で、実行可能な計画をつくるのは別の仕事です。担当者が積み上げてきた「計画知」は、これからどこに置かれるのか。数理最適化と個社固有制約という切り口から考えます。
生産計画は、キレイごとでは済まない
生産計画の立案は、しばしば理路整然とした管理業務のように語られます。しかし実際には、きわめて“泥臭い作業”です。
販売部門からは「この顧客分だけは今月中に出したい」と依頼が入ります。
生産部門からは「その数量を入れると能力山積みが崩れる」と返ってきます。
調達部門は「その部材はまだ引当できない」と告げ、物流・倉庫側からは「完成品をこれ以上積む余地がない」と制約が示されます。
計画担当者は、その狭間で、Excel、基幹システム、メール、会議メモ、現場からの口頭情報を突き合わせながら、何とか矛盾の少ない計画へ落とし込んでいきます。
PSIとは、本来、販売・生産・在庫を統合するための枠組みです。ただ、現場におけるPSIは、単なる数表の整合ではありません。
納期、能力、在庫、部材、優先順位、拠点間の融通、商流上の約束事……性質の違うものを同じ時間軸に並べ、どこに無理があり、どこを緩和すべきかを見極める作業です。
担当者が日々積み上げているこの勘所を、ここでは「計画知」と呼びます。
生成AIの有用性と、その射程
生成AIは、目覚ましい進歩を遂げています。
文章生成、論点整理、過去情報の要約……計画担当者の周辺業務は、確実に軽くなりました。
PSI会議の資料作成、計画変更理由の整理、関係者向けの説明文案づくり。こうした場面で、生成AIはすでに立派な戦力です。
とりわけ、生産計画業務には「説明」がつきまといます。
なぜこの品目を後ろ倒しにするのか。なぜこの顧客分を優先するのか。なぜ在庫が一時的に積み上がるのか。
こうした問いに、生成AIは人間が理解しやすい言葉を与えてくれます。
しかし、説明できることと、計画を立案できることは別です。
試しに、汎用の対話型AIに来月の生産計画を相談してみます。返ってくるのは、たとえばこんな答えです。
「納期と在庫のバランスを取りつつ、能力制約に配慮した計画を立てることが重要です」
まったくその通りです。反論の余地がありません。
ただ、来月A製品を何台つくればいいのかは、どこにも書いていません。
数字を出してほしいと頼めば、出してはくれます。
けれど、その数字が能力上限と部材の引当を本当に満たしているかは、結局、担当者がExcelで検算することになります。
計画を立ててもらうつもりが、検算の仕事が一つ増えている。
生産計画に求められるのは、もっともらしい提案ではなく、実行可能性を備えた計画です。
顧客の声
“AIに任せきれない”……その理由とは?
ある製造業のお客さまから、次のような声を伺ったことがある。
「AIが出した計画案は、一見もっともらしく見える。
しかし、なぜその結論になったのかを説明できなければ、現場にも営業にも説明できない。ブラックボックスのままでは困る」
これは特定の一社に限った話ではない。
予測型AI(ML/DL)は過去データの傾向を学習するが、計画が守るべき制約や評価基準を明示的に扱う仕組みではない。どの制約がどう効いたのかを、後から検証しにくい。
では、生成AI(LLM)に説明させればよいのか。
生成AIが添えるのは、結論のあとから付け加えた「語り」であり、計画を導いた根拠そのものではない。しかもその「語り」自体、応答の再現性、モデル更新による挙動変化、入力条件への過敏さといった懸念を抱えている。
結果だけでは、計画は通らない。
その結果に至った根拠を示せて、はじめて現場も営業も動く。
生産計画とは:[制約充足]と[全体最適]の問題
生産計画には、絶対に破れない線があります。BOMに基づく部材充足、残業・休出まで含めた能力の上限、拠点別の生産可能範囲、ロット条件、置き場の物理的な上限、出荷可能数。
冒頭で「同じ時間軸に並べる」と書いたもの、その正体がこれです。
これらは単なる参考情報ではありません。一本でも越えた計画は、紙の上でしか成立しません。
一方で、線の内側にある要求は、すべてを同時には満たせません。
納期遵守を重視すれば在庫が増えます。在庫を抑えれば供給余力が細ります。内製を優先すれば能力を圧迫し、外部活用を増やせばコストが上がります。
ここに、生産計画の本質的な難しさがあります。
したがって生産計画とは、その線で囲まれた範囲の中から、納期遅延・在庫過多・残業や休出・外部費用・供給不足という“痛み”の合計がいちばん小さい一点を探す作業です。
数理の言葉でいえば、制約付きの最適化問題(constrained optimization problem)です。
なぜ、数理最適化なのか
先ほどの「破れない線」と「痛みの合計」。
数理最適化は、まさにこの形の問題を解くための技術です。
- 決定変数
- 生産数量、在庫量、出荷量、拠点別配分、内外製配分、顧客別の引当量など、計画の中で決めるもの
- 制約条件
- 「破れない線」のこと。計画が必ず守らなければならない条件
- 目的関数
- “痛み”のこと。何を、どれだけ避けたいかを定めた評価基準
これらを数理モデルとして表現することで、線の内側にある無数の候補から、痛みの合計が最も小さい計画を導き出します。
たとえば、「納期遅延1日」と「在庫1パレット」。どちらが、どれだけ痛いのか。
そう聞かれて、即答できる計画担当者はまずいません。
けれど実は、毎日の判断の中で、誰もが無意識に答えています。
この顧客は1日も遅らせない。この品目なら、多少積み上がっても構わない。その一つひとつが、換算の結果です。
目的関数とは、その無意識の換算表を、紙に書き出したものです。
冒頭で「計画知」と呼んだものの少なくとも一部は、ここに書き写すことができます。
書き出してあるから、特定顧客を優先する案とそうでない案を、同じ物差しで比べられます。どの制約が効いて、どの評価項目で差がついたのか。計画が選ばれた理由を、数字で示せます。
計画の正しさを決めるのは、語りのうまさではありません。
制約を守れているか。案同士を同じ物差しで比べられるか。この二つです。
計画シミュレーションは、“部門間合意”のための装置
計画担当者の日常において、計画は常に揺らぎます。販売要求の変更、部材引当の遅れ、能力制約の顕在化、在庫偏在、優先順位の変更。こうした事象が起きるたびに、担当者は「何を守り、何を諦めるか」を迫られます。
このとき有効なのが、条件を変えた複数案のシミュレーションです。
- 特定顧客を優先した場合、他の出荷にどの程度の影響が及ぶのか
- 安全在庫を一時的に取り崩した場合、翌月の供給余力はどう変わるのか
- 外部活用を増やした場合、納期改善とコスト増の均衡点はどこにあるのか
こうした議論を経験則だけで進めると、合意形成は難しくなります。計画エンジンは、制約条件を反映した複数案を提示し、PSI上の影響を同じ尺度で並べます。
数字のない会議にも、目的関数はあります。たいていは「早く終わらせること」です。
販売の「今月中に出したい」と、生産の「能力山積みが崩れる」。その折り合いを、会議の長さではなく、数字でつける。
計画シミュレーションとは、そのための装置です。
“個社固有制約”という避けて通れない現実
ただし、生産計画の難しさは、一般的な理論だけでは捉えきれません。
実際の現場にあるのは、会社ごとどころか、工程ごと・作業現場ごとに違う制約です。
- この顧客向けは在庫引当の優先順位が異なる
- この品目群は月末に偏らせてはいけない
- この拠点では特定仕様品の受け入れ余力が限られる
- この外部先への依頼は締日を越えると実質的に翌期扱いになる
こうした制約は、業務の歴史、商習慣、現場判断、顧客との約束から生まれます。
顧客の声
「うちは標準でOK」と言う企業ほど、実は固有ルールの塊だったりする
これまで多くの製造業の計画現場でお話を伺ってきたが、初回のヒアリングでしばしば耳にするセリフがある。
「計画システムに合わせて業務を回すので、特別な要件や制約はありません」というものだ。
ところが、実際に業務を一つずつ棚卸ししていくと、話はまったく違ってくる。聞けば聞くほど、「そういえば、この場合は…」が止まらなくなるのだ。
考えてみれば当然だろう。企業が競争のなかで他社との違いを打ち出そうとする以上、製品にも製造の手順にも必ず固有の工夫が宿る。その工夫こそが競争力の源泉なのだ。
ならば、計画業務だけが既製服のようにぴたりと収まると考えるほうが、むしろ不自然なのではないだろうか。
あらゆる企業のあらゆる業務シーンに、最初から完全対応する汎用的な計画エンジンが存在するわけではありません。
むしろ必要なのは、現場の暗黙知を丁寧に棚卸しし、制約として定義し、目的関数として翻訳し、計画エンジンへ組み込む作業です。
棚卸しは、ルールを書き写す作業ではありません。
出てきたルールの中には、本当に守るべき制約と、「昔からそうしているから」守られてきただけのエセ制約が混ざっています。
前者は計画エンジンに正しく教え込み、後者は見直しの俎上に載せる。この見極めこそが、棚卸しの肝です。
ただ、口で言うほど簡単ではありません。
ある計画担当者は、こう漏らしていました。
「この見極めには、現場の事情と数式の両方が読める目が要る」
汎用の理屈や流暢な説明では埋まらない、その会社だけの事情。生産計画の難しさと面白さは、ここに凝縮されています。
それを数式に翻訳できた計画エンジンだけが、現場で使われ続けます。
こぼれ話
AIに訊いてみた
本稿を執筆しながら、実のところ少し不安が頭をよぎった。
いまの生成AIは、社内のデータにつながり、大量の文書を読み、エージェントとして自律的に動く。
ならば、生産計画くらい、もう立てられるのではないか。
そこで、当の生成AIに訊いてみた。
訊ねたのは、執筆時点で世界最高クラスと評されるAIモデルで、推論レベルをMAXで、だ。
(名は伏せる。宣伝になってしまうといけないので…)
返ってきた答えを要約すると、こうだ。
「制約の多い大規模な計画問題を本気で任されたら、私は頭の中で解こうとはしません。数理モデルを組んで、最適化ソルバーを呼び出します。そのほうが確実だからです」
暗算で済ませず、電卓を取り出す。賢さとは、案外こういうものである。
念のため、もう一つ訊いてみた。では、AIに任せきれないものは何か。
「御社のデータに書かれていないことは、読めません」
身も蓋もないが、正しい。
「そういえば、この場合は…」は、どのデータベースにも入っていない。
それにしても、見事な語りっぷりだった。
語らせるなら、やはり生成AIはうまい。
まとめ
では、担当者が積み上げてきた「計画知」は、どこに置かれるべきなのか。
生成AIは、計画を語ることができます。けれど、計画知を預けておく場所にはなりません。預け先は、破れない線と痛みの換算表を数式に書き出し、痛みの合計が最も小さい解を探す仕組み。数理最適化です。
AIが賢くなるほど、計画の芯には数理最適化が座る。
海外の一部の大規模な計画パッケージで始まった生成AIの組み込みも、解くのは最適化エンジン、生成AIはその窓口、という分担の上に立っています。
ただし、計画知は自動では数式になりません。現場の暗黙知を棚卸しし、制約と目的関数に翻訳する。この作業を、実務と数理の両方が分かる人間が担ってはじめて、計画知は担当者の頭の外でも働き始めます。
語るのは、生成AIに任せればいい。
計画知の預け先を、誰と、どう作るか。
生成AI時代の生産計画は、そこで差がつきます。

筆者紹介
逸見 直広(へんみ なおひろ)
キヤノンITソリューションズ株式会社
製造ソリューション事業部 ソリューション企画部(SCM・SCP企画担当)
システム開発職を経て、ソリューションの企画・マーケティング・プロモーション・推進に従事。製造業を中心に、流通業など幅広い業種で30年以上の経験を持つ。「SCPナレッジの杜」シリーズコラムを執筆中。
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