独自の経営DXで地域医療の現場に貢献する上尾中央医科グループの果てなき挑戦コラム
公開日:2025年12月23日
キヤノンITソリューションズ株式会社 岡田 知、キヤノンITソリューションズ株式会社 田村 宏介

超高齢化社会の到来による社会保障費の増大、病院経営の更なる悪化や医療格差、慢性的な労働力不足と現場の疲弊。重く抱え込んだ課題を数えればきりがないほど、今、日本の医療・介護は岐路に立たされています。持続的な経営のためにはDXが不可避と言われる状況下、内製を軸とした独自のソリューション開発で全国的に注目されているのがAMGこと上尾中央医科グループです。今回は、キヤノンITSのローコード開発ツール「WebPerformer」を自在に使いこなし、経営課題の可視化と解消のためのシステムを続々と開発してきた同グループ協議会総局長の久保田 巧様、経営管理本部医療情報企画部上席室長の渡部 亮様をゲストにお迎えしました。
「効率化と質の向上は相剋するか、連動するか」、「地域連携が必須である理由とは」こうした問いを軸に、弊社商品企画担当の岡田 知と営業担当の田村 宏介が聞き手となり、AMGのシビアな現状認識とクリアなビジョンを浮き彫りにします。「人と人との出会い」から始まったAMG流DXは、「人が主役」の医療・介護の実現という大きな物語となって続いていくのでした。
地域と人に寄り添う医療を次世代につなぐ
上尾中央医科グループ様は、インハウス開発による大胆なDX戦略を展開されています。本日はその背景や実際の取り組み、これからの病院経営の在り方についてうかがっていきたいと思います。はじめに、貴グループの概要をご紹介ください。
久保田:上尾中央医科グループ(以下、AMG)は、首都圏を中心に28の病院、21の介護・福祉施設、12のクリニックに加え、学校や保育園なども運営する総合医療・福祉グループです。職員総数は約2万人に上り、地域の医療・介護・福祉・教育を一体的に支える体制を築いています。また、SVリーグ所属の女子プロバレーボールチーム「埼玉上尾メディックス」を運営し、スポーツを通じた地域活性化にも取り組んでいます。選手たちの活躍は地域に元気を届けるだけでなく、AMG職員にとっても大きな誇りとなっています。
AMGは「愛し愛される病院、施設、事業所」という理念を掲げ、医療の質向上と地域社会への貢献を大切にしています。現場の主体性を保ちながらも、協議会本部が経営・人材・教育・DXなどの分野で横断的に支援し、グループ全体の発展と持続可能な運営を推進しています。さらに、職員一人ひとりが専門性を高め、チーム医療を実践することで「地域包括的な支援体制」を形成し、地域の皆さまから持続的に信頼される医療・福祉ネットワークを目指しています。
岡田:貴グループにおいて、協議会本部はどのような位置付けにあるのでしょうか。また、そのミッションについてお聞かせいただけますか。
久保田:AMGは複数の医療法人や関連法人で構成されています。協議会本部は、各病院・施設の経営や運営を支援する、いわばホールディングスのような立ち位置にあります。今、全国的に見ると病院の7割以上が赤字と言われる中、病院経営の難易度は年々高まっています。その結果、求められる経営スキルも複雑化・高度化しており、本当の意味でのマネジャーの育成が追いついていないのが現状です。協議会の最大の使命は、「医療の質向上を通じた経営改善」と「次世代を担う人材育成」という二つの車輪を同時に力強く回すことにあります。その実現のために、協議会本部はこれまでの「管理型」体制から「支援型」体制への転換を進めています。本部が一方的に指導するのではなく、現場に足を運び、院長、看護部長、事務長らと一緒に考え、支援し、課題を解決していく。そのプロセスを通じて、職員自身もOJTのかたちで学び、成長できる仕組みです。そして、これをさらに推し進める鍵となるのが「情報とデジタルを活用した成果の最大化」だと考えています。
岡田:それが現在展開されている「AMG経営DX戦略」、そしてさまざまな施策につながっているということですね。
久保田:おっしゃる通りです。AMG経営DXの基本は、デジタル技術を活用して病院の業務プロセスを最適化し、生産性の向上を図ること。それは単に紙ベースの業務を電子化することを意味してはいません。我々の真の目的は、経営のあらゆる領域でデータを活用し、重要なプロセスをデジタルの仕組みに落とし込むこと。そして、これまで幹部がそれぞれの経験や勘によって行っていた経営判断を、データと仕組みに基づいた再現性ある戦略に変換し、組織全体の成長を永続的に支えていくことにあります。
これを実現する第一歩として、各病院・施設で個別に採用していたIT人材を全員、本部所属に変更し、現場派遣型の体制へと移行しました。従来は、各病院のIT担当者の上司が事務長であり、その事務長のデジタル関連に対する理解度や協力度合いによって、病院ごとにDXの進展に差が生じていました。こうした新体制によって現場の課題を素早く本部が共有できるようになり、施設ごとのデジタル対応や情報管理、さらにはサイバーセキュリティ対策の対応のばらつきを抑制することができます。さらに常勤の担当者を配置できないような小規模病院にも、本部から現場出向というかたちで人材をシェア・支援できるようになり、グループ全体での効率化やコストの最適化、質の向上が図れます。このように、AMGでは経営DXを単なるシステム導入にとどまらず、体制と仕組みの構築を含めた「パッケージ」として捉えています。
岡田:久保田様は2020年に総局長に就任されて以来、司令塔として経営DX戦略を強力に推進されていますね。また、以前から多くの医療現場で業務改善を主導されてきたとお聞きしております。そうした活動の背景には、どういった想いや課題意識があったのでしょうか。
久保田:私自身は、AMGが大きく発展していく時代に入職して、さまざまな現場の最前線に立ち、町立病院の民営化や赤字病院の再建にも携わるなど、多面的な経験を積むことができました。一方で、自分たちが得た知識や経験を若い世代の事務長や次の世代へ伝えようと努めても、私自身が転勤したり、人が入れ替わったりすると、その仕組みが途切れてしまうことがありました。その結果、継承の質や量にばらつきが生まれ、なかなかスムーズに受け継がれていかないことに課題を感じていました。
そうした中で、2020年からグループ全体を見る総局長を務めることになりました。その際、AMGの中村康彦会長から直々に、「君が一線を退くまでの十数年の間に、君たち世代の幹部が蓄積してきた知見を次世代に継承し、グループの持続性を担保できるようDX開発を進めてほしい」というミッションを受けました。会長も同じ危機感を抱いていたことを知り、その言葉に強く背中を押された思いでした。これは自分一代で完成する仕事ではない。次の世代が走りやすい道を整えることこそが自分の使命であり、だからこそ、「自分たちのノウハウの遺伝子をデジタルで継承する」ことを目指しています。これまで培ってきた判断・工夫・知見をデジタルの仕組みとして残し、未来の世代がそれを活用しながら、さらに新しい価値を生み出していく。そうした循環をつくることが、私が進める経営DXの本質だと考えています。

インハウス開発で挑む独自の経営DXへの道程
DXを進めるに当たっては、外部業者に委託したり、既存のシステムを導入したりする選択肢もあったかと思います。あえて独自開発を決断された理由は、何だったのでしょうか。
久保田:そうですね、その原点についてはここに同席している渡部の存在、やはり彼との「出会い」が大きかったと思います。もう15年ほど前になりますが、私が彩の国東大宮メディカルセンターの事務長を務めていた時、彼がSEとして本部に中途採用され、病院経営を学ぶために私のもとへ赴任して来ました。当時、病院経営の現場には「データはあるのに活かせない」「情報は点在しているが、経営の意思決定につながらない」という構造的な課題がありました。私自身、「業務の効率化を通じて、経営課題をリアルタイムで可視化できるようにしたい」という強い思いを抱いていましたが、既存のシステムではそれが叶わないことに限界を感じていたのです。そんな中で、渡部と日々議論を重ねるうちに、彼の高いITスキルと、私が現場で感じていた経営課題への問題意識が見事に噛み合いました。「現場の視点で、使う人のための仕組みを、自分たちの手で作るべきだ」と二人で確信した瞬間を、今でも鮮明に覚えています。そこが、現在のAMGのインハウスDXの原点だったと思います。
渡部:私は外から来た人間ですので、最初に病院の現場を見せてもらった時には、「とにかくアナログだらけで驚いた」というのが正直な感想でした。例えば、救急室には救急台帳があって、総務課は集計作業として医師ごとに台帳から対応した患者数を「正」の字でカウントしていたのです。現場のスタッフにとっては台帳記入は大した作業ではないかもしれませんが、そこから目視でカウントするという作業は簡単ではありません。「これは、私が協力することで何とかできるのではないか」と。そうした率直な感覚を久保田に伝えると、「すぐにやろう」と言ってくれました。そこから、「こんな方法であれば、現場負担を増やさずにデータを有効活用できるのではないか?」といったアイデアを出し合いながらさまざまな改善活動に着手していきました。
救急台帳については、まずは台帳の入力フォームを作成して、いつ、どの医師が、どういった症状の患者を対応したか。お断りせざるを得なかった患者についても同様に、いつ、どの医師が、どういった理由で受け入れを断ることになったのか。そういった情報を、各項目選択式で記録できるようにしてデータベース化しました。他にも、オーダリングシステムには入院患者データや医師の指示データ、医事データや経営データといった有用なデータがありましたので、これらをDWH(Data Warehouse:データウェアハウス)に蓄積しました。DWHの見える化には、当時はまだ英語版しかなかったBIツールを活用し、救急台帳データを基に医師別対応件数や断り率などを見える化したり、例えば、救急の受け入れ件数や断り率を30分単位でリアルタイムに医師別単位で把握できるようにしたりして、同時に集計の効率化も行いました。そこからさらに二人でアイデアを出し合い、わずか1年で100種類以上の可視化レポートを整備し、現場が定性・定量両面から課題を把握し、即座に改善へと動きだせる環境が整いました。
久保田:それ以降も、私が転勤するたびに、現場の課題を見つけては、二人三脚で次々とデジタル駆使したデータ活用のツールを生み出していきました。ですから、私が総局長という立場になったとき、真っ先に頭に浮かんだのが「渡部と一緒にやれば、AMG全体のDXを一気に加速できる」という確信でした。さらに、彼の下には稲田、齊藤という優秀なSEがいたことも、大きな追い風になりました。私自身は、単に全体像を描くディレクターとして方針を示すだけではなく、現場で感じてきた経営課題を具体的に整理し、「こんな仕組みをつくれば解決できる」という新規開発のイメージを提示する役割を担っています。その上で、渡部がプランナーとしてその意図を正確にくみ取り、最適なシステム設計へと落とし込む。そして稲田、齊藤がクリエイターとして、それをユーザー目線で実装し、形にしていく。この三層構造のチーム体制が、まさにAMGのDX推進を支える中核となりました。こうした強いチームがあったからこそ、外部業者に全面的に委託するのではなく、「自分たちの手で創る」という方針に自信を持って踏み切ることができたのです。もちろん、すべてを内製で完結させる方針というわけではありません。外部の優れたツールや技術があれば、一部機能を相乗りさせるなど、柔軟に設計・運用もしています。
岡田:皆さまとの素晴らしい出会いを経て、経営DXへの道が拓かれていったわけですね。ちなみに、パッケージシステムやアウトソーシングと比較して、内製化にはどういったメリットがあるとお考えでしょうか。また、内製化に当たり、ローコード開発ツールを採用された経緯を教えていただけますか。
渡部:AMGはM&A等により、もともとは異なる経営母体の法人が集まっていて、就労形態や診療機能といった要素をすべて統一することは難しい。仮に外部システムやパッケージを導入しても、必ず後から細かいところで機能面の過不足が起きてしまいますから。その点、インハウス開発なら何かアンマッチングが起きたとしても、自分たちが手を動かしさえすればリカバリできるので、我々のようなグループにとってはメリットが大きいと考えました。
とはいえ、当初は私と稲田の2名体制だったので、フルスクラッチで独自開発するのは物理的にも時間的にも無理がありました。そこで当時流行り出していたローコード開発ツールで、工期短縮を図ろうとなったわけです。Webベースでローコードについて調べて各社の製品を比較検討し、2社の製品に絞り込みました。最終的な判断はコスト面がポイントになりました。貴社のWebPerformerは開発人員数に対する課金ですが、もう一方の候補はサーバー単位の単価設定。将来的に保有するデータの量が増えることを考えると、WebPerformerのほうがローコストでやりたいことができるだろうという理由で採用に至ったのです。
岡田:WebPerformerを採用いただき、改めて大変ありがたく光栄に思います。AMG様ははじめから使用目的や機能へのこだわりを明確にお持ちでした。具体的なご要望をうかがって、WebPerformerは期待される性能を十分に有していると感じ、自信を持ってご紹介しました。最初に選定に関わるポイントやプロセスをヒアリングさせていただき、それを満たす検証の手段やスケジュール等のご提案をさせていただきました。具体的にはまずは要件に合う製品であることのQ&Aによる確認から、無償のハンズオンにて製品イメージをつかんでいただき、さらに皆様の要件を満たすことができるかをトライアルで確認のうえ安心してご採用いただけるよう意識しました。各プロセス毎にQ&A等の伴走支援をさせていただきましたが、非常にスムーズに使いこなされていたため、そこまで多くのサポートは必要とせず進められていたのが印象的でした。
渡部:うちの開発の進め方は少し独特で、稲田と齊藤がまず即興でかたちを作り、それを依頼元に何度も見せながら、手直しや肉付けを繰り返して完成形に持っていきます。手戻りを嫌がるSEも多いですが、依頼者や現場のスタッフが真に活用できるシステムを構築していく上で、我々にとってはこれが最適な手法だと考えています。WebPerformerは細かい改修も容易で、スピーディーに対応できる非常に使いやすいツールだと実感しています。ただ一つだけ、マニュアルが少々難解で、導入当初には「何とかしてほしい」と改善要望を出させてもらいましたね(笑)。
岡田:はい、その点についてはご不便をおかけいたしました。すぐに分かりやすいQ&Aサイトをご案内するとともに、いただいたご意見を基にマニュアルの改善を図りました。今後、より使いやすいAIガイド機能もロードマップに入れて、リリースの準備を進めております。貴重なご指摘とご要望をいただき、ありがとうございました。
上尾中央医科グループ協議会経営管理本部 医療情報企画部 上席室長 渡部 亮 様

かくして「経営の効率化」と「医療の質の向上」は相乗する
2020年にWebPerformerを導入されてからわずか4、5年で、既に60に迫る数の独自システムを開発・運用されているとお聞きし、驚きました。かなりのハイペースですね。
渡部:そうですね、WebPerformerのおかげでかなりのスピード感で展開できています。最初に全体のコンセプトや体系を決めてからつくり始めたわけではなく、現場の課題に優先順位を付けて順次開発を進め、それぞれをつなげているようなかたちですね。とくに医療・介護は人件費率が高い業種で、人手不足も深刻ですから、職場の環境を整えることは重要です。その意味では、人事情報管理システムを中心に勤怠管理、人事考課、キャリアパスの仕組みなどの構築は、人材管理に貢献できていると思っています。
久保田:実を言うと、私から渡部チームへのプレッシャーも相当あったと思います……(笑)。しかし、それは単に急がせるためではなく、課題解決の成果を最大化するという共通の目的に向かって、必要に迫られながらスピードと精度の両立を追求した結果です。その積み重ねが、今のハイペースな展開につながったのだと思います。チームの柔軟な対応と粘り強さには、本当に感謝しています。 そして、その経営DXの中心となるのが、私たちが開発した「AMG職員ポータル」です。グループ内のあらゆるページや業務システムにつながる「統合のハブ」のような存在で、全職員が固有のIDでログインし利用します。部署や職位などの属性に応じて階層を分け、画面メニューやアクセス権限を柔軟に設定できる仕組みです。
医療業界では、職員をIDで管理し、デジタル活用を浸透させることは容易ではありません。多忙な現場では形骸化のリスクもあるため、私たちは「AMG職員ポータル」を単なる便利ツールではなく、日常業務の入口そのものとして設計しました。いわば、マイナンバー的な発想を取り入れ、ポータルを使わなければ手続きが進まない仕掛けを意識的に組み込んでいます。勤怠管理や日報、キャリアパス、教育受講履歴など、職員が行う主要業務をポータル経由で実施しています。その結果、立ち上げから2年でグループ全体に定着し、利用率は着実に向上しました。職員満足度・やりがい調査の回答率も85%に達し、約1万7,000人がポータルを通じて回答しています。この調査は過去10年分のデータが蓄積されており、事業所別・職種別・職位別・男女別などの経年比較が可能です。このデータをもとに、各要素別の傾向や変化を経年的に把握することで、職員のモチベーションや組織の健全性、潜在的なリスクの兆候を可視化しています。つまり、単なるアンケートではなく、「職員のやりがい」を軸にした経営基盤の健全化を支えるデータプラットフォームとして活用しています。
岡田:これだけのハイペースでシステムを内製されているお客さまは他になかなかなく、まさにWebPerformerの機能をフル活用していただいておりますが、中でも業務に決定的な変化をもたらした具体的なソリューションを何か一つ挙げていただけますか。
久保田:事務長の週間報告は、経営DXによって大きく変わりました。以前は、事務長が毎週エクセルで週報を作成し本部へ送信していましたが、手間がかかる上に本部からの反応も乏しく、次第に形骸化していました。一方、本部も50人以上から届く膨大なテキストを読むだけでも大きな負担でした。そこで開発したのが、ポータルに組み込んだ「事務長週間パフォーマンス報告」(以下、週報システム)です。週報をクリックすると、自院の主要経営指標がリアルタイムで自動表示され、本部が注視してほしい数字に自然と意識を向けられる仕組みになっています。
また、自由記載だった報告欄を「報・連・相」のフレームに整理し、要点を簡潔に入力できる形式へ刷新しました。「相(相談)」は入力と同時に本部へメールで自動送信され、対応スピードが格段に向上しました。さらに、「課題管理シート」を組み込み、課題の抽出から進捗管理までを可視化し、必要に応じて項目を追加できる柔軟な構造としました。本部からのリアクション不足にも対応し、幹部を7グループに分け、担当病院・施設の報告を確認後に「承認ボタン」を押す運用にし、確認漏れを防ぎ、承認状況を可視化しました。急ぎの相談にはチャット機能を活用し、即時にアドバイスを送ることも可能です。こうした仕組みにより、本部と現場の情報共有のスピードと透明性が向上し、課題への対応も迅速化しました。アナログ的な声掛けではなく、リマインダーなどのプッシュ型機能で自然に行動を促す、つまり、本来、こうした「あるべき行動」は、時間の経過とともに形骸化してしまうリスクを常に抱えています。だからこそ、単にデジタル化するのではなく、仕組みを通じて行動を生み出し、継続させることが重要だと考えています。これこそが、AMGの経営DXの本質を体現する好事例だと考えています。
田村:そのように目に見えて状況が好転することもシステム開発の醍醐味であると拝察しますが、DXに期待される効果としては、「経営の効率化」と「医療の質の向上」のどちらの比重が大きいのでしょうか。
久保田:現場の問題点を一つ一つ解決していくことについて、それが経営課題なのか、いわゆる医療の質の問題なのか、とくに分けて考えてはいません。というのも、近年では厚労省の施策でも、医療の質を高めることが診療報酬の評価(点数)向上につながるようになっており、質の担保と経営の改善は確実にリンクしてきています。したがって、どちらか片方だけを重視しても持続的な成長は望めず、経営と医療の質の両輪で考えることが不可欠だと感じますね。
例えば、「病棟の稼働率を上げること」は経営目標の一つですが、それによってより多くの紹介患者を診察することは、地域の信頼の確保としての医療・介護の質の向上にも直結します。この解決には、「新規紹介を増やす」ほかに、「紹介の断りを減らす」というアプローチがあります。そこで経営DXでは、断り件数という表層的なデータからドリルダウンして、断り率や回答までの日数、断り理由などをカテゴリ化し、自動的にデータ分析できる仕組みを設計しました。ある施設で稼働率低下の背景を調べると、他病院と比べて紹介に対する回答が遅い傾向が見られました。詳しく確認すると、その施設では判定会議の開催頻度が減っていて、それがボトルネックになっていた。そこでの指摘により判定会議の回数を増やしたところ、回答が迅速化して受け入れ件数が増加しました。こうした細かいことの積み上げが、結果的に全体の経営パフォーマンスを上げ、同時に医療の質をも上げ、信頼される施設をつくっていくのだろうと考えています。


地域連携こそ、これからの医療のあるべき姿
ビッグデータの活用に関して、現在取り組まれているプロジェクトなどはございますか。
久保田:まさにこれから本格的に取り組もうという段階ですね。その基盤として4年前に、データセンター機能を有する4階建ての「デジタルラボ」を新設しました。ここはサーバーや各種デジタル開発の拠点であり、グループ全体の電子カルテや介護記録システムのデータが集約される中心的役割を担っています。
厚労省からは人口推計や疾患の罹患率など、さまざまなデータが公開されていますが、それらの一般データだけでは、各病院や施設が地域の中で直面している本当の課題は見えてきません。かつて総合病院ではあらゆる診療科外来を抱えるのが当たり前でしたが、現在では非常勤医による外来診療などで、地域によってはコストに見合わない診療科も増えています。例えば、現在非常勤医で複数日診療しているある診療科のニーズが地域でどの程度なのか、またその診療をしている病院やクリニックがどれだけ存在するのかを分析した上で、当該診療科を縮小し、地域医療機関と機能をシェアすることでコストの最適化を図るといった取り組みをすでに実施しています。もちろん、診療科の運用は費用効果だけでなく、地域の事情を十分に考慮した上で判断しています。今後はますます、データに基づいた提案を積極的に行い、各施設や地域の実情に即した経営戦略を進めていく方針です。地域と連携しながらコスト最適化を進めなければ、病院経営の持続は難しい時代になっています。
岡田:地域密着型の医療を今後どう実現していくか、AMG様の展望をお聞かせいただけますか。
久保田:我々は、医療や介護は地域ベースでAMGグループなどはさておき、関係なく、包括的に取り組むことが大事だと考えています。その具体的な動きとして、2023年に埼玉県初となる地域医療連携推進法人「あげおメディカルアライアンス(AMA)」を設立しました。この地域連携法人ではグループ外の法人とも手を携えて、地域に根差した包括的な医療提供体制の構築を進めています。
田村:そういった地域医療連携推進法人を創設していくことには、どのような効果やメリットがありますか。また、ITはそこにどう寄与しうるのでしょうか。
久保田:地域医療連携推進法人の目的の一つに、共同購入による薬剤や診療材料の価格の抑制があります。ただ、AMGとしては自分たちのグループ内ですでにスケールメリットを享受しておりますので、そういった面での効果は限定的です。むしろ我々の狙いは、地域連携の促進を一番に置いています。もともと、地域の医療機関から見ると、グループ病院という印象が強く、グループでない病院は、どうしても遠慮がそこに生じることも多いと思います。地域連携として情報共有を密にしている関係を“親友”とするなら、推進法人としてアライアンスを組むことは“家族”になることだと思います。家族のような関係になることで、敷居が下がり、より率直で深い協議ができ、地域包括ケアシステムの活性化にもつながります。そして、AMGのインフラをAMA内に開放し、グループで利用しているECサイトを参加病院に開放することで、経済性にも貢献できます。また、当グループ内の勉強会、研修会では、徹底的に開放してご利用いただきます。事務系では、AMGのe-ラーニングシステムを一部公開したり、研修会や学習コンテンツを共有したりして、広く地域の医療従事者のスキル向上にも寄与しています。また、ベッドの稼働状況を共有する仕組みも現在構築中です。
もう一つ、これはデジタル化とは異なりますが、「AMAの中でのアルバイト兼業OK(法定労働時間内)」という運営にしました。推進法人の目的の一つに、人材の派遣がありますが、当初は主に時間内派遣が中心でした。そこに兼業を組み込むことで、勤務を通じた法人間の人材交流をさらに活発にする狙いがあります。例えば、ある病院で、「土曜日の看護師の夜勤・日勤の募集をしたい」といったリクエストをAMA事務局に登録すると、推進法人内の医療機関へ共有される仕組みになっています。このように、労使双方のニーズをマッチングさせることで、医療従事者は収入を増やすことができ、医療機関側は外部業者への紹介料の支払いを省くことができます。最近では、この募集・応募の動きが非常に活発になっており、今後さらにAMA内での人材交流が進むことを期待しています。
田村:人手不足を解消する有効な手段にもなりそうですね。ちなみに、AMG様はグループ内でカルテの共有などはされているのですか。
久保田:一部の病院のみで実施しています。さらに発展させようと思えば、当グループには「デジタルラボ」という基盤があるため、グループ病院間でカルテデータを共有することも技術的には可能です。ただ、現時点ではその必要性はあまり感じていません。その理由として、当グループの病院は埼玉・神奈川・千葉・東京・山梨・茨城・群馬など、各地域に点在しており、広域でグループ内紹介を行うことは、ほとんどありません。それよりも、地域内のグループ外医療機関との連携を重視することを基本方針としています。したがって、電子カルテの共有については、各病院がそれぞれの地域ネットワークICTを通じて実施しているケースが多い状況です。
最近の例では、当グループのさがみリハビリテーション病院が、神奈川県厚生農業協同組合連合会が運営する相模原協同病院の敷地内の一部を有償で譲り受け、今年の12月に新築移転で開院します。これに併せて、患者情報の一部を共有する予定となっています。

ITは複雑なものをシンプルにする「裏方の力」
「人が主役」の医療を実現していくために、ITが果たすべき最も重要な役割とは何でしょうか。
久保田:ITの役割を一言で表すなら、「人が本来の目的や役割を果たすための支援」だと思います。医療も介護も主役はあくまで日々現場に立つスタッフです。「人が主役の医療」を実現するためのITとは、一人ひとりの可能性を引出し、成果を最大化させるために、「複雑」を「簡単」に変える「裏方の力」だと私は考えています。
渡部:病院や介護の現場で働く人たちの「本業」って何なのだろうと考えたとき、それはやはり患者さま 、利用者さまと直接相対して、医療や介護の行為やコミュニケーションを行うことだと思います。ところが現場を見ると、事務作業に非常に多く時間を割かれている実態がある。そういった負担を減らしてあげることが、我々の大事な役割なのかなと思います。
岡田:今後はどのような課題に取り組まれていこうとされているのでしょうか。
久保田:一つには、医療や介護の職場には多様な職種がありますが、もちろんデスクワークとは限りません。そもそも看護師には仕事で使うデバイスを一人ずつには与えられていません。そうした環境の中で、アナログの良さを残しつつ、いかにデジタルを現場の力としていかしていくかが重要なテーマです。その意味で、今後特に力を入れたいと考えているのがモバイル実装の開発です。例えば、当グループが独自に開発したタイムカード・勤怠管理システムについても、現在、モバイル対応の実装を進めています。現場でさらに手軽にデータへアクセスできるようになれば、業務効率は飛躍的に高まると考えています。キヤノンITSさんには今後、WebPerformer のモバイル機能がよりスムーズに開発できるように、さらなる強化をお願いしています。現場で本当に使えるDXを実現するために、開発スピードと実用性の両立を目指していきたいと思います。
岡田:モバイルの利活用は、今後のWebPerformerの開発において優先度が高い課題であると私どもも認識しております。今回はトレーニングの見直しも行い、SPAやモバイルなど、Webの開発に特化したトレーニングコースの準備を始めました。是非こちらも受講いただき、さらにWebPerformerをご活用いただきたく思います。
久保田:もう一つの課題として、現場には膨大なデータが蓄積されているにもかかわらず、それを十分に活用・モニタリングしきれていないという現実があります。そこで現在、さまざまな経営指標に対してKPIを設定し、それを下回った場合には、パニック値として関係者に自動的にリマインドが送信される仕組みの整備を進めており、一部はすでに運用を開始しています。異常値やエラーをリアルタイムで検知し、即座に共有・対応できるようにすることが狙いです。
デジタルの力を使えば、100項目を超える指標であっても一元的に管理することが可能です。こうした仕組みを進化させながら、膨大なデータの中から本当に意味のあるシグナルを抽出し、改善アクションにつなげるデータドリブンな経営システムの確立を目指していきます。
そして、AMGがこれまでに取り組んできたデジタルを通じた効率的な成果の最大化を目指すアプローチの中で、アウトカムが得られたものについては、その知見や経験を惜しみなく発信したいと思っています。それらを参考にしていただき、全国の医療・介護現場がデジタルを活かして持続可能かつ効率的な運営を進めていくための一助になれば、うれしく思います。
田村:リアルな現状認識のもと、独自のシステム開発を展開されている事例をたくさんご紹介いただき、大変勉強になりました。弊社は最先端のAIをはじめ、他にもさまざまなITサービス、ソリューションを取り扱っておりますので、これからのお付き合いの中でそういったご提案もさせていただければと思います。
岡田:実際に製品をご利用のお客さまからいただく声は本当にありがたく、私どものサービスの充実化にもつながっていきます。そうした声を受け、より良い製品をご提供することで、お客さまの利便性も一層向上する。そういった相乗効果を「共創」していければ幸甚と考えております。本日はありがとうございました。

お客さまプロフィール
- 会社名
- 上尾中央医科グループ協議会
- 所在地
- 埼玉県上尾市柏座1-10-3-58
- ウェブサイト
ローコード開発ツール・WebPerformerについて詳しくは、こちらをご覧ください。
ローコードで超高速開発 Webアプリケーション自動生成ツールでシステム開発革新を
導入社数累計1,500社以上、WebPerformerは、Webシステムを素早く開発できるローコード開発プラットフォームです。 直感的な開発、素早いリリース、自動生成による品質の均一化などにより開発期間が短縮でき、システムを利用するビジネス部門と開発部門との共創型開発を実現し、ビジネス環境の変化にも柔軟に対応したシステム構築が可能となります。