ホテルの非接触技術と従業員の役割の変化ホテル業界コラム
公開日:2026年4月21日
前回のコラムでは、ホテルにおける非接触技術の普及が、「利便性」を高める一方で、「人との触れ合い」という価値とのバランスが重要であることを指摘しました。顧客は状況に応じて、効率を求める場合もあれば、人との関わりを求める場合もあります。では、このような環境の中で、ホテルの従業員にはどのような役割が求められるのでしょうか。
サービス研究では、顧客と従業員のインタラクションを説明する概念として、「ラポール(Rapport)」が重視されています※。ラポールは主に次の2つの要素から構成されます。
- 楽しいやりとり(Enjoyable Interaction)
- 従業員との会話が心地よく、やりとりそのものが楽しいと感じられること。
- 個人的なつながり(Personal Connection)
- 従業員が自分のことを気にかけ、思いやりのある対応をしていると感じられること。
ラポールの効果は、単なる満足にとどまらず、また利用したいという再訪意図や、他者への推薦(クチコミ)といった長期的な関係性にも強く影響することが実証されています。
非接触技術は利用者の利便性を高めますが、情緒的・関係的な価値につながるラポールの提供は、人間の力量が問われる部分です。90年代から2000年代前半までのサービス研究では、セルフチェックイン機などの非接触技術を導入しても、従業員は顧客との信頼関係を構築するために、適切なコミュニケーションや、フォローアップを行うことが重要であると指摘されてきました。
一方で近年、AIの進化により、こうした関係的価値の一部を技術が担おうとする動きも見られます。代表的なテクノロジーの一つが「人工的な共感」です。人工的な共感は、主に次の3つの要素から成り立つとされています。
- 視点取得(Perspective-Taking)
- 顧客の立場を理解しているように振る舞う。
- 共感的関心(Empathic Concern)
- 相手を気遣う表現を示す。
- 感情伝染(Emotional Contagion)
- 相手の感情に寄り添うような言葉やトーンを使う。
これによりAIは、感じのよい対応や配慮ある応答を再現できるようになってきました。その結果、条件によっては顧客満足やロイヤルティの向上に寄与する可能性も示されています。こうした技術が、今後ホテルのサービス現場に導入される日も近いかもしれません。
ただし、AIによる共感はあくまで「シミュレーション」に過ぎません。人間のように相手の様子を五感で察知して、感情や気分を理解したり、直感的に最適な対応を判断したりすることは、まだ難しいのが現状です。
次のような場面を考えてみましょう。たとえば、航空機の遅延で予定が大きく狂い、深夜に疲れ切った状態でホテルに到着したとき、チェックイン端末がスムーズに動作したとしても、それだけで顧客の不安やストレスが解消されるわけではありません。機械的な案内だけでは、「誰にも気にかけてもらえていない」という印象を与えてしまう可能性もあります。このような場面で、従業員があたたかい声を一言かけるだけで、ホテルに対する印象は大きく変わります。つまり重要なのは、問題を解決することだけでなく、顧客の感情を汲み取って、それにふさわしい対応をすることです。

また、すべての顧客が同じ状況でホテルを利用しているわけではありません。たとえば、小さな子どもを連れた家族、高齢の旅行者、記念日で特別な滞在を期待しているカップルなど、それぞれに異なるニーズや背景があります。こうした場面では、画一的な対応ではなく、状況に応じた配慮が求められます。子連れの家族に対しては、チェックイン時に館内の設備や食事時間の案内だけでなく、大人と子どもが一緒に楽しめるアクティビティを紹介するなどして、旅のテンションを高めることができます。記念日の宿泊であれば、出迎える従業員が祝福の言葉をかけたり、特別なディナーの案内をしたりすることが、滞在の印象を大きく高めます。このような対応は、システム上の情報だけでは不十分であり、その場での気づきと臨機応変な判断が必要になります。

これらの場面に共通しているのは、顧客の状況や感情、言葉に表されないニーズを察知して、寄り添う必要があるという点です。技術がどれだけ進歩しても、こうした瞬間に最も力を発揮できるのは人間の従業員です。その関わり方は、必ずしも特別なものである必要はありません。短い声かけや、さりげない配慮といった小さな行動が、顧客にとっては強く印象に残る体験につながります。
非接触技術の普及とAIの進化は、ホテルにおけるサービスの在り方を大きく変えつつあります。しかしそれは、人の価値を低下させるものではありません。むしろ、利便性が技術によって安定的に提供されるからこそ、顧客は「人にしかできない価値」をより強く意識するようになります。単に人的サービスをテクノロジーで代替するのではなく、顧客のニーズに応じて、利便性とラポールを適切に組み合わせたサービスを提供することによって、顧客満足度の向上と、長期的な顧客ロイヤルティの獲得へと繋がっていくのです。
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※
Gremler, D. D., & Gwinner, K. P. (2000). Customer-employee rapport in service relationships. Journal of Service Research, 3(1), 82-104.
筆者紹介
吉田 雅也(よしだ まさや)
淑徳大学 経営学部 観光経営学科 教授
筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院 ビジネス科学研究群 経営学学位プログラム修了。修士(経営学)。青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 国際マネジメント専攻修了。経営管理修士(MBA)。
株式会社東急ホテルチェーン(現:東急ホテルズ&リゾーツ)経営管理室マネージャー、コンラッド東京 財務経理部課長、パレスホテル東京 経理部支配人などを歴任後、2015年より大学教員としてホテル経営人材の育成に携わる。著書に『図解即戦力 ホテル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)など多数。
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