ホテルの非接触技術に対する顧客の評価ホテル業界コラム
公開日:2025年12月19日
COVID-19パンデミックの際には、非接触技術が感染リスクを低減させ、心理的安全感を高める要素となったため、世界のホテルでテクノロジーの導入が一気に加速しました。では、パンデミックが収束した現在、ホテルの利用客は自動チェックイン機などの非接触技術をどのように評価しているのでしょうか。
マーケティング研究やホスピタリティ研究の領域では、ホテルにおける自動チェックインやチャットボット、デリバリーロボットなどのテクノロジーの導入は、運営コストを低減させ、価格の抑制につながると同時に、消費者の利便性を高めることが明らかにされてきました。一方で、旅行体験の中で人との触れ合いが失われるという課題があることも、しばしば指摘されています。
「利便性」とは、消費者がサービスを購入・利用する際に要すると知覚する「時間」と「労力」であると定義されます※ 。利便性の側面には、①決定の利便性(ホテルの選択のしやすさ)、②アクセスの利便性(ホテルまでの行きやすさ)、③手続きの利便性(チェックインなどの手続きのしやすさ)、④ベネフィットの利便性(サービスの利用しやすさ)、⑤利用後の利便性(アフターフォローの受けやすさ)といった分類があり、それぞれにかかる時間と労力の多少が問題となります。
しかし、利便性が高い、すなわち時間と労力を縮小できることだけが、ホテルの価値を決めると言い切れるでしょうか。たとえば、チェックインを「客室に入るために必要だが、面倒な手続き」と捉えている人にとっては、その時間や労力を最小限に抑えることが満足度を高めます。反対に、チェックインのときのスタッフの温かな対応や、聞きたいことを気軽に尋ねられる雰囲気などを「ホスピタリティを体験する瞬間」だと捉えている人にとっては、その時間や会話を十分に楽しめるほど、評価は高まると考えられます。そこには、利便性だけでは測りきれない価値が存在しているのです。
近年のホテルでの実証研究や業界レポートでは、ホテルの業態によって、非接触技術に対する顧客の評価が異なる傾向が指摘されています。比較的価格帯が抑えられ、宿泊機能に特化したリミテッドサービスホテルでは、チェックインやチェックアウトを自動化することで、「待たされない」「手間がかからない」といった点が高く評価されやすいことが確認されています。こうしたホテルは、主に出張などのビジネス目的で利用されるケースが多く、限られた滞在時間を有効に使いたいというニーズが強い傾向にあります。こうした利用者にとって、チェックイン手続きは「できるだけ短時間で済ませたい作業」であり、非接触技術によるスムーズな処理は、滞在価値を高める重要な要素となります。

一方、シティホテルやリゾートホテル、ラグジュアリーホテルといったフルサービス型ホテルでは、状況がやや異なります。これらのホテルでは、設備や立地に加えて、スタッフによる人的サービスそのものが体験価値の中核を担っています。チェックイン時の丁寧な説明や、さりげない声かけ、目線を合わせた挨拶といった基本的な応対が、顧客の安心感や歓迎されているという感情に強く影響し、滞在全体の評価を左右します。たとえば、家族旅行や記念日の宿泊といった場面では、スタッフの気遣いやフレンドリーな会話が、旅の印象をより豊かなものにします。こうした体験価値は、単に手続きを効率化するだけでは生まれにくく、人を介したサービスならではの付加価値といえるでしょう。

このように、顧客がホテルに求めるサービスの内容と程度は、ホテルタイプだけでなく、各消費者の利用目的やシチュエーションによって大きく異なると考えられます。また、顧客の属性によっても評価は分かれます。若年層はスマートフォンアプリやデジタルキーに抵抗が少なく、むしろ「機械のほうが気楽でいい」と感じる場合もあります。一方で、高齢の顧客は機械操作に不安を抱くことも多く、チェックイン時に「人が丁寧にサポートしてくれること」が安心感につながる傾向があります。海外からの旅行者は言語の壁があるため、直感的に操作できる端末や多言語対応のアプリを高く評価する一方、土地勘がない分、周辺案内や交通手段の相談ができる対面サービスへのニーズも依然として根強く存在します。
ホテルのサービスは、顧客の目的や状況、属性によって、価値の捉え方が大きく変化します。求められるのは、「誰に、どんな瞬間に、どんな価値を届けるのか」という視点から、テクノロジーと人的サービスの最適解を探る姿勢です。非接触技術の導入は、コスト削減や業務効率化に寄与しますが、その効果を最大化するには、ホテルタイプや立地、ターゲットとする顧客層にふさわしいサービスデザインが欠かせません。これからのホテル経営は、機能的価値と情緒的価値の双方を組み合わせ、より柔軟で個別性の高い体験を提供していくことが重要になるでしょう。
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※
Berry, L. L., Seiders, K., & Grewal, D. (2002). Understanding service convenience. Journal of Marketing, 66(3), 1–17.
筆者紹介
吉田 雅也(よしだ まさや)
淑徳大学 経営学部 観光経営学科 教授
筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院 ビジネス科学研究群 経営学学位プログラム修了。修士(経営学)。青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 国際マネジメント専攻修了。経営管理修士(MBA)。
株式会社東急ホテルチェーン(現:東急ホテルズ&リゾーツ)経営管理室マネージャー、コンラッド東京 財務経理部課長、パレスホテル東京 経理部支配人などを歴任後、2015年より大学教員としてホテル経営人材の育成に携わる。著書に『図解即戦力 ホテル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)など多数。
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