データから価値を創出する
最適化とAIが支える意思決定の新時代
キヤノンITソリューションズ 共想共創フォーラム2025イベントレポート
蓄積したデータを意思決定に活用する「データドリブン意思決定」(DDDM)がDXの潮流として進んでいます。データドリブンの科学的手法として「数理最適化」と「AI」(機械学習)があります。これらの最新技術とデータドリブン意思決定の事例を紹介するとともに、成功に導くためのポイント、未来の展望を伝えます。
京都大学 大学院情報学研究科 教授
鹿島 久嗣 様
キヤノンITソリューションズ株式会社
ビジネスイノベーション推進センター ビジネスサイエンス部 プロフェッショナルビジネスイノベーター
中尾 芳隆
セミナー動画(視聴時間:48分25秒)
データドリブン意思決定とは
意思決定とは、限られた情報・時間・資源の中で最善の行動を選ぶことです。これには「現在の判断(発見)」「未来の判断(予測・計画)」の2つの方向性があります。過去から現在までのデータを活用することで、「今何が起きているか」「この先どうなるか」「どう行動すべきか」を導き出すことが可能になります。まとめ:データ活用のその先へ
不確実な時代における“信頼できる羅針盤”として
現代のビジネス環境は、これまで以上に複雑で不確実です。従来は「VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)」という概念が、こうした時代の特徴を表すキーワードとして使われてきましたが、近年ではそれを超える新たな枠組みとして「BANI」が注目されています。
BANIは、「もろい(Brittle)」「不安(Anxious)」「非線形(Nonlinear)」「不可解(Incomprehensible)」の4つの要素で構成されており、現代社会の“壊れやすさ”や“予測不能性”、“複雑さ”をよりリアルに表現しています。たとえば、安定していた仕組みが突然崩れたり、小さな変化が大きな影響をもたらしたりすることが日常的に起こり得ます。
このような時代において、企業が持続的に成長し、変化に柔軟に対応するには、経験や勘に頼る意思決定では限界があります。必要なのは、変化を正確に読み取り、冷静かつ合理的に判断する力です。そして、その判断の根拠となるのが「データ」です。
データドリブン意思決定とは、蓄積されたデータをもとに、客観的かつ再現性のある判断を行うアプローチです。これにより、判断の透明性や納得性の向上、業務の効率化、機会損失の最小化、そして組織全体の競争力強化といった効果が期待できます。データは、BANI時代における“信頼できる羅針盤”として、意思決定の質を支える重要な資産なのです。
データドリブン意思決定を支える技術:AI(人工知能)
データから「予測」を導き出す知的エンジン
データドリブンな意思決定を実現するための中核技術のひとつが、AI(人工知能)です。特に、近年急速に進化している「機械学習」は、過去のデータからパターンを学び、将来の出来事や行動を予測する技術として、さまざまな業界で活用が進んでいます。
AIの基本的な仕組み
AIは、過去の事例(データ)をもとに、入力と出力の関係を学習します。たとえば、「ある年齢層の人がどんな商品を購入したか」というデータを多数集めることで、「この属性の人にはこの商品が好まれる」といった傾向をモデル化できます。こうして構築された予測モデルに新たなデータを入力することで、「この人には和菓子が売れそうだ」といった予測が可能になります。
このように、AIは「データからパターンを学び、それをもとに未来を予測する」技術であり、商品推薦、売上予測、故障予知など、さまざまな意思決定の場面で活用されています。
IT分野でAI活用が進む理由
AIの導入が進んでいる背景には、以下のような特性があります
- デジタルデータとの親和性:IT分野ではデータがすべてデジタルで扱われ、処理フローも明確なため、AIの組み込みが容易です。
- 低リスクでの試行が可能:たとえば検索結果や広告表示の最適化など、失敗しても致命的な損失が少ない領域での活用が先行してきました。
- 成果が利益に直結:クリック率やコンバージョン率のわずかな向上が、売上に大きく影響するため、AIの効果が明確に現れやすいためです。
非IT分野への広がり
近年では、AIの活用は製造・金融・医療・サイエンスなど、非IT領域にも広がっています。
- 製造業:製品の外観検査や設備の故障予知により、品質向上とダウンタイム削減を実現。
- 金融業:信用スコアリングや不正検出など、人の目では追いきれない膨大な取引データをAIが分析。
- 医療分野:熟練医の判断を学習したAIが、麻酔薬の投与タイミングを予測し、医師の意思決定を支援。
AIは「人を置き換える」のではなく、「人の判断を補完し、支える」存在として進化しています。
生成AIと因果推論の進展
さらに、近年注目されているのが「生成AI(Generative AI)」や「因果推論を考慮したAI」です。
- 生成AI:ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)は、文脈に応じて自然な文章を生成する能力を持ち、問い合わせ対応や文書作成支援などに活用されています。
- 因果推論AI:単なる「予測」ではなく、「ある行動をとった場合にどうなるか?」という“介入の効果”を予測するAIが登場。マーケティングや医療、公共政策など、行動の結果を見通した意思決定支援が可能になります。
データドリブン意思決定を支える技術:数理最適化
複雑な制約の中で「最良の選択」を導く技術
AIが「未来を予測する力」だとすれば、数理最適化は「最良の行動を選ぶ力」です。データドリブンな意思決定を実現するうえで、AIと並んで不可欠な技術がこの「数理最適化」です。
数理最適化とは?
数理最適化とは、現実の複雑な意思決定問題を「目的」と「制約条件」の形で数式モデルに落とし込み、その中で最も望ましい解(最適解)を導き出す手法です。
たとえば、製造現場で「生産効率を上げたい」「欠品を防ぎたい」「コストを抑えたい」といった複数の要望がある場合、それぞれが相反することも多く、単純な判断では解決できません。こうした複雑な問題を、数理的に整理し、最適なバランスを見つけ出すのが数理最適化の役割です。
数理最適化の基本構造
数理最適化は、以下の3つのステップで構成されます
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定式化(モデル化)
解決すべき課題を「目的関数(最大化・最小化したいもの)」と「制約条件(守るべきルール)」として数式で表現します。
例:利益の最大化、コストの最小化、納期遵守など。 -
パラメータ設定
モデルに必要なデータ(在庫数、需要予測、設備能力など)を準備します。ここでは、現場の知見やデータの精度が重要になります。
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解法の適用
数理アルゴリズムを用いて、最適な解を導き出します。近年では、計算性能の向上により、より大規模で複雑な問題にも対応可能になっています。
活用事例:物流・SCM・金融など
数理最適化は、さまざまな業界で活用されています。代表的な例をいくつかご紹介します。
- 物流分野:配送計画の最適化。どの車両で、どの荷物を、どの順番で運ぶかを決定し、走行距離や積載効率を最大化します。
- サプライチェーンマネジメント(SCM):在庫配置、生産計画、輸送計画などを一気通貫で最適化し、全体最適を実現します。
- 金融分野:ポートフォリオ最適化やリスク管理など、複数の制約下での資産配分を支援します。
AIと数理最適化の連携によって、意思決定の高度化を成功させるには
AIと数理最適化は、それぞれ異なる強みを持ちながらも、連携することでより高度な意思決定を実現します。
- AI:過去のデータから将来を予測(例:明日の需要予測)
- 数理最適化:予測結果をもとに最適な行動を導出(例:どの店舗にどれだけ商品を配送するか)
たとえば、銀行ATMへの現金補充業務では、AIが「明日どれくらいの現金が必要か」を予測し、その結果をもとに数理最適化が「どのルートで、どれだけ補充すべきか」を計算します。このように、予測と最適化が連携することで、意思決定の精度と効率が飛躍的に向上します。
現場導入における課題と展望
AIと数理最適化の導入には、以下のような課題もあります
- 説明性の欠如:AIが大規模化・複雑化することで、AIの判断をユーザーである人間が解釈できないという問題が発生します。
- 定式化の難しさ:現場の課題を数式に落とし込むには、業務理解とモデリングスキルが必要です。
- パラメータの整備:必要なデータを正確に準備するには、現場との連携が不可欠です。
データドリブン意思決定を成功させるための三つの視点
実際の現場でデータドリブンな意思決定を成功させるためには、技術だけでなく「データ」「意思決定プロセス」「課題設定(イシュー)」という3つの観点からの整備が不可欠です。
1.データの質と構造:信頼できる判断の前提条件
AIはデータから学習するため、入力されるデータの質がそのまま判断の質に直結します。もしデータに偏り(バイアス)が含まれていれば、AIはその偏りを学習し、誤った判断を導いてしまう可能性があります。
たとえば、過去のマーケティング施策で「購買しそうな顧客」にばかりクーポンを配っていた場合、AIは「クーポンを配られた人が買った」という事実だけを学習し、「クーポンの効果」を正しく推定できなくなります。また、人事データに性別や年齢による偏りがあると、AIが意図せず差別的な判断を学習してしまうリスクもあります。
このようなリスクを回避するためには、偏りのないデータ収集(例:A/Bテスト)や、公平性を考慮した機械学習手法の導入が重要です。
2.意思決定の納得性と説明性:人が使えるAIであるために
AIがどれだけ高精度な予測を出しても、「なぜその判断に至ったのか」が説明できなければ、現場での活用は進みません。特に、リスクを伴う重要な意思決定においては、意思決定者や関係者がその判断に納得し、責任を持てることが不可欠です。
この課題に対しては、「説明可能なAI(Explainable AI:XAI)」や「反事実説明(Counterfactual Explanation)」といった技術が注目されています。たとえば、AIが「融資不可」と判断した場合に、「年収があと50万円高ければ承認されていた」といった“改善のヒント”を提示できれば、利用者の納得感や行動変容にもつながります。
3.正しい問いの設定(イシュー定義):分析の出発点を見誤らない
どれだけ高度な分析を行っても、「そもそも何を解決したいのか」が曖昧であれば、得られた結果はビジネスに貢献しません。ありがちな失敗例として、「分析しやすいデータ」に基づいて課題を設定してしまい、「本当に解くべきビジネス課題」とずれてしまうケースが挙げられます。
このようなズレを防ぐためには、データサイエンティストだけでなく、ビジネスの現場を深く理解した“ビジネスサイエンティスト”の視点が重要です。経営戦略や現場の課題を的確に捉え、分析に落とし込む力が、データドリブンな取り組みの成否を分けます。
AIや数理最適化は、あくまで“手段”であり、それを活かすための「良質なデータ」「納得できる判断」「正しい問い」の3つが揃って初めて、データドリブンな意思決定は真に価値あるものとなります。
「AIと数理最適化の連携」でさらに進化する、未来の意思決定
ここまで、AIと数理最適化という2つの技術が、データドリブンな意思決定をどのように支えているかを紹介してきました。AIの「未来を予測する力」と、数理最適化の「最良の行動を選ぶ力」を組み合わせることで、意思決定の質とスピードは飛躍的に向上します。
未来の意思決定は、さらにその先を見据えています。
たとえば、AIが過去のデータからパラメータを自動で学習し、それをもとに数理最適化が最適な計画を導き出す。そして、その結果を再びAIが評価・学習することで、システム全体が継続的に進化していく――こうした「意思決定志向学習(Decision-Focused Learning)」と呼ばれるアプローチが、今まさに注目されています。
このような仕組みによって、従来は人手で行っていたパラメータ調整や判断のチューニングが自動化され、より柔軟でスピーディな意思決定が可能になります。たとえば、交通制御、在庫補充、設備稼働計画など、日々変化する環境に即応する“自律的な意思決定支援”が現実のものとなりつつあります。
まとめ:データ活用のその先へ
AIや数理最適化は、単なる技術ではなく、私たちの意思決定のあり方そのものを変える力を持っています。
しかし、それを真に価値あるものにするためには、「良質なデータ」「納得できる判断」「正しい問い」の3つが揃っていることが不可欠です。そして何より重要なのは、これらの技術を「何のために、どう使うのか」を明確にし、ビジネスの本質的な課題に向き合うことです。
データに基づく意思決定が高度化され、短いサイクルで改善可能になることこそが、イノベーションの源泉です。キヤノンITソリューションズは、お客さまの想いを起点に、ビジネスデザインとビジネスサイエンスの力で、共に未来を描き、共に価値を創り出す「共創」のパートナーでありたいと考えています。
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