用語集需要予測・需給計画ソリューション FOREMAST
アメリカのジャーナリスト、アンブローズ・ビアスの著作に『悪魔の辞典』(岩波文庫)というものがあります。 きっかけは忘れてしまいましたが、学生時代にこの本を読み、いたく感銘を受けたのを覚えています。今は歳を重ね幾分ましにはなりましたが、当時のひねくれた私の性格と相性がよかったのだと思います。たとえば「計画」という言葉は、Wikipediaによると「何らかの物事を行うために、あらかじめその方法や手順を考え企てること。また、そうして考えた方法や手順」となっていますが、悪魔の辞典によると「偶然の結果を達成する最善の方法について頭を悩ますこと」となっています。どちらがより実際の「計画」を表しているかと考えると、後者だと感じる方も多いのではないでしょうか? そういうわけで、需給に関連する用語を『悪魔の辞典』風に解説して、教科書では伝わらない「現場感」をお伝えすることを目的に、このページを企画しました。内容は筆者の独断と偏見によるものですので鵜呑みにせず、正しい情報は各種専門書、Webサイトなどでご確認いただければ幸いです。
筆者:
キヤノンITソリューションズ株式会社
数理技術コンサルティング部
コンサルティングプロフェッショナル
淺田 克暢
あんぜんざいこ 【安全在庫】
欠品を防ぐために必要なものであるのに、その適正な大きさの決め方は誰も知らないもの。その名に反して、設定すれば安全というわけではなく、かえって危険になることもある。
例:安全在庫は小さすぎても大きすぎても危険です。
在庫管理の教科書を見ると、安全在庫の決定方法は次のように記載されています。
需要量の標準偏差は計算できますし、発注リードタイム、発注間隔も一応決まっています(発注リードタイムが一定にならないケースは考えないことにします)。あとは安全係数さえ決められれば、晴れて安全在庫が求まります。安全係数は許容欠品率によって決まる係数で、例えば、許容欠品率が1%なら安全係数は2.33、5%なら1.65となります。ここで問題が2つあります。1つは「適正な許容欠品率はいったいどのくらいなのか」ということです。そりゃ0%でしょ。しかし、理論上欠品率0%となる安全在庫は無限大です。読者の皆さんは、許容欠品率が何%なのかを社長に確認してみて下さい。もう1つは「安全係数と許容欠品率の関係は、需要量が正規分布に基づくことが前提である」ということです。実際に販売実績のヒストグラムを作ってみるとわかるのですが、とても正規分布とは思えないような分布の商品が案外多く存在しています。結局、まずは現状の在庫レベルからスタートして、欠品が多い商品は安全在庫を増やす、在庫実績の推移を見て余裕がありそうな商品は安全在庫を少し減らしてみる、といった試行錯誤が最も現実的だと思います。
安全在庫は安全運転の適切なスピードと似ています。いくら安全第一でも、時速10kmで走っていては自動車に乗る意味がありません。適正な速度は道の幅や形状、交通量、ドライバーの運転技術、天候などによっても変わってくるでしょう。でも慣れたドライバーなら何となく、このくらいが安全なスピードというのがわかっています。安全在庫を適正に設定できる人は、需給の名ドライバーです。
えすしーえむ 【SCM】
原材料の調達から消費者への販売に至るまでの一連のプロセスを統合的に管理し全体最適化を実現するための、幻の経営管理手法。中国神話に現れる伝説上の動物「麒麟」と同様、書物には描かれているがだれも実物を見たものはいない。サプライチェーンマネジメント(Supply Chain Management)の略。
例:当社では、SCM改革プロジェクトを推進中です。
原材料の調達から消費者への販売に至るまでの一連のプロセスを1つの企業で完結しているケースはほとんどなく、大抵は複数の企業が関係しています。これを統合的に管理し、さらに全体最適化を実現しているのを、少なくとも私は見たことがありません。世の中で使われているSCMという言葉の多くは、企業内サプライチェーンの管理(需給マネジメント)か、せいぜい直接取引がある仕入先や顧客との協働を指すものです。「複数企業にまたがって統合的に管理する」というのは無理があると思うのは私だけでしょうか?SCM実現のためには、それぞれの企業(組織)が独自に意思決定しつつ、それが全体最適につながるような仕組が必要ではないかと思います。
SCMが「麒麟」と異なるのは、我々の努力によって幻から実在に変えることができる可能性があるということです。
えむおーきゅー 【MOQ】
本当は必要ないのに納品されてしまう数量。Minimum Order Quantityの略。最低発注数量。
例:MOQで発注したけど、1年経っても捌けない。
年に数個しか売れない商品のMOQが10だったりすると発注を躊躇してしまいますが、買っていただけるお客様がいるので仕方なく発注している企業も多いのではないでしょうか?確かにMOQを設定せずに購入側に都合のいい数量で自由に発注できるようにすれば、生産効率や物流効率が著しく低下してしまいます。供給側としてはMOQを設定することは仕方がないことのように思います。しかし、このMOQはどのような理屈で設定されているのでしょうか?明確な基準に従ってMOQを決めている企業はあまりないように思います。サプライチェーンに関わるコストは原材料調達、生産、物流、受発注、在庫保管、廃棄など複数の企業にまたがって多岐にわたり、全体最適なMOQを求めることはかなり困難な作業です。また、仮に全体最適なMOQが求まったとしても、購入側企業の規模によってそのMOQが与える影響は異なってきます。一律に決めるのではなく、発注数量によって価格を動的に変えるなどの取り組みも必要となりそうです。MOQに限らず、全体最適かつ公平な基準の開発はわれわれのようなSCMに関わるIT企業に与えられた大きな課題の1つのように思います。
我が家では、何日も連続で同じ食材の料理が食卓に並ぶことがあります。低価格に魅せられて、大きすぎるMOQに躊躇することなくその食材を購入したことは、容易に想像がつきます。このように(無理やり消費することによって)需要をコントロールできればそれほどの負担にはなりませんが、これはサプライチェーンの下流に負担を転嫁しているだけとも言えます。
けっぴん 【欠品】
1度もないに越したことはないが、実際には確実に起こるもの。結婚相手の欠点の数と同じで、ゼロを求めると大きな代償を負うことになる。
例:お客様満足度向上のため欠品ゼロを目標とします。
顧客の注文に確実に応えるためには「欠品」が発生しないようにする必要がありますが、100%欠品を防ぐために必要な在庫数は理論上無限大です(「安全在庫」の項参照)。実際には無限大ということはありませんが、かなり多くの(非現実的な数の)在庫を保持しておく必要があります。欠品が発生した場合の損失コストと、それを防ぐための在庫を保持するためのコストのバランスを考慮して、欠品を一定程度許容しなくてはなりません。
結婚相手に完璧を求めると永遠に結婚できないリスクが高まります。妻にプロポーズしたとき理由を問われ、「あなた以上にすばらしい女性は世界中に大勢いると思うが、その人たちと今後巡り合い結婚できる確率はそう高くないと考えたから」と答えたら、「妥協したのね」と言われました。そうとも言います。
ざいこ 【在庫】
多くの人が当然あるものだと思っていて、ないと大騒ぎするにも関わらず、なぜか常に減らせと言われるもの。罪庫、財庫ともいう。
例:年度末が近いので、在庫を削減するように。
在庫がなく販売機会を逃がすことは、顧客満足度・売上の低下を招くため、極力避けなければなりません。そのためには在庫を十分に保有しておけばよいわけですが、キャッシュフローや保管コスト、在庫の陳腐化・品質劣化等の観点からは、極力少ない方がよいということになります。このバランスをとることが「在庫適正化」であり、需給業務の最大の目的と言えます。足りないときは「財」ですし、多すぎると「罪」というわけです。経営目標で「在庫増加」というのはあまり聞いたことがありません。欠品を防ごうとするとどうしても在庫過剰になってしまうのでしょうか。それとも、本当は増やすべき場合でもそれに気付かず「在庫削減」を掲げているのでしょうか。
休みの日に家でゴロゴロしていると家族から迷惑がられますが、肝心なときに家にいないとそれはそれで文句を言われたりします。「在庫適正化」と「在宅適正化」は永遠の課題です。
ざいこひきあて 【在庫引当】
まだそこに在庫が存在するにも関わらず無きものとする行為。
例:在庫引当エラーが発生しています。
商品の注文を受けると、その注文の出荷に備えるために(他の注文の出荷に使われないように)在庫を確保します。これが在庫引当という処理で、受注から出荷までの間、在庫は倉庫に存在するのですが、他の注文に引き当て可能な在庫(有効在庫)からは除外されます。出荷が今日や明日であれば特に問題ないのですが、難しいのは何日も先の受注(先付受注)です。例えば納期が2週間先の注文を引き当ててしまうと、その在庫は2週間ないのと同じこととなり(しかし倉庫の場所は占有している)、その間にそれより前の納期の注文が入ったとしても他に在庫がない限り受けることができません。「だったら出荷の直前(例えば前日)に在庫引当すればよいのではないか」とも思うのですが、この場合2週間も前から発注してくれているお客様の注文を前日にお断りするという事態を招きかねません。在庫引当のタイミングと優先順は実は重要かつ難しい課題です。
私の休日の予定は、多くの場合未引当のまま当日を迎え、家族の急な注文に応えられるようにしています。しかし、注文が入らず家でゴロゴロしていると、有効在庫のはずなのに、死蔵在庫のように思われているようです。
じゅようよそく 【需要予測】
だれもが完璧にしたいと思っているが、決して完璧にはできないこと。その精度は企業や対象の商品によって様々であるが、概ね神と占い師の間にある。
例:そうだ、AIで需要予測すればいいんじゃない?
需要予測の精度が高ければ(極端に言えば予測誤差がゼロならば)、需給担当者のやることはほとんどないと言えます。しかし、実際には需要予測はしばしば外れ、需給担当者はその対応に追われます。そんなとき颯爽と現れたのがAI(人工知能)です。先進的な企業では、需要予測にAIを活用する試みが進んでいますが、必ずしも全ての試みがうまくいっているわけではなさそうです。既にAIが人間の実力を超えた囲碁・チェス・将棋と需要予測を比較してみました。
項目 | 囲碁・チェス・将棋 | 需要予測 |
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学習データの取得 | 勝敗に影響するデータを全て取得可能 |
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学習データの件数 | コンピュータ同士の対局によって短時間で大量の学習データの生成が可能 | 学習のために短期間に大量の製品を発売することはできない → 説明変数の数に対する学習データの件数が少ない |
学習空間 | ルール固定のため過去の学習が常に有効 | 市場・顧客も常に変化するため、過去の学習が無効となる可能性がある |
こうして見ると、AIと需要予測は思ったほど相性がよくないように思います。
著名な計算機科学者のアラン・ケイは研究の将来予測を求められ「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」と答えたと言います。たった今、予測誤差をゼロにする唯一の方法を思いつきました。需要予測をゼロとして、決して売らないことです。
せいはんちょうせいかいぎ 【製販調整会議】
需給上の問題の責任を不明確にするために、製造部門、営業部門、企業によっては需給部門が一同に会して月または週に一度、催される会議。生販調整会議。需給調整会議。S&OPミーティング。
例:明日の製販調整会議の資料がまだできていない。
製販調整会議は日本の製造業の多くで運用されており、円滑な需給調整を行う上で重要な役割を果たしています。その一方で、会議で使用する資料の準備に時間がかかる、会議が形骸化しており十分に機能していない、といった課題を抱えている企業もあるようです。その原因の1つに、部門間で利害が対立したときに意思決定できる上位者が出席しておらず、調整に終始していて問題解決や意思決定の場になっていないということがあるのではないかと思います。
ちなみに私の家の家族会議では絶対的権限を持った上位者が常に出席しているため、迅速な意思決定がなされています。
ぜんたいさいてき 【全体最適】
全ての関係者が少しずつ害を被ること。誰もが目指そうとするが、たどり着いたものはほとんどいない。
例:部分最適ではなく全体最適を目指そう。
どんな業務でもそうですが、特に需給管理は関係部門間の利害の対立が起きやすい業務です。例えば、営業部門は欠品を防ぐために在庫は多い方がうれしいですが、物流部門は在庫が少ない方がうれしいです。また、営業部門は計画よりも多く売れた方がうれしいですが、製造部門は急な計画変更で生産性が下がってしまいます。組織としての全体最適を目指すには、営業は売れるものを売らない、製造は小ロットで生産する、物流は外部倉庫を借りて在庫するといった具合に少しずつ我慢する必要があります。どうすればこの誰もうれしくない状態に向かって進んでいけるのかが問題です。まず、全体最適がどのような状態なのかを明確にしてメンバーに共有することが大切です。言うは易く行うは難しですが。
以前、旅行の行き先について妻・娘・私の意見が完全に割れたことがありました。全体最適を狙い3人ともが楽しめそうな全く別の行き先を提案したところ、あっさり却下されました。家庭では全体最適より部分最適の方が良さそうです。いや、私以外の2人が幸せであることが全体最適なのかも知れません。
たいむふぇんす 【タイムフェンス】
システムベンダーに迫られて仕方なく決める計画を変更してはいけない期間。期間はユーザが自ら設定しているにもかかわらず、守られた試しがない。
例:タイムフェンス内の計画を変更するにはどうしたらいいですか?
本来タイムフェンスとは、頻繁な計画変更によって現場が混乱しないように設けられる計画確定期間のことです。しかし、実際には急な注文や製造設備のトラブルなどに対応するために、タイムフェンス内の計画を変更することがままあります。変更することを前提に運用されている場合などは、何のためのタイムフェンスなのかと思ってしまいます。「だったら、いっそのことなくしてしまったら」と言いたくもなりますが、システムによる自動計画立案でタイムフェンスゼロ(今日以降の計画は全て作り直し)にしてしまうと現場は大混乱になってしまいます。全て人が計画している場合は、「直近はやむを得ない場合以外は極力変更しない」といったあいまいな対応が可能ですが、現状の一般的な計画エンジンはそこまで融通は利きません。計画業務の標準化・ルール化・システム化を成功させるには、融通、匙加減、微調整、例外的対応などが一定程度失われることへの覚悟が必要です。
健康のために曜日を決めて休肝日としているのですが、お酒に合う料理が用意されていたりすると、微アル(微アルコール飲料)だったらいんじゃないか、今日は呑んで替りに明日を休肝日にすればいいんじゃないかと、ついついルールを破ってしまいます。「だったら、いっそのこと休肝日なんて止めてしまったら?」と言われています。
はんそく 【販促】
効果があるかどうかわからないが、やり続けないと不安で仕方がないダイエットのようなもの。期待したにも関わらず全く効果がないことを販促負けという。
例:来週の大きな販促が決まったのですが、在庫ありますか?
販促は売上向上に欠かせない施策のひとつです。そのため販促は頻繁に行われ、販促をやっている期間を販促期間と呼ぶよりは、販促をやっていない期間を販抑(販売抑制)期間と呼んだ方が良いのではないかと思うことさえあります。販促の効果を予測することは至難の業で、予測はおろか実施した販促の効果を測ることさえ困難です。販促をやった世界とやらなかった世界のパラレルワールドがあれば良いのですが。
私の知人は、次から次へと新しいダイエットに取り組んでいますが、全く効果が見られません。リバウンドでやる前よりも太ってしまっていることさえありますが、やらなかったらもっと太っていたはずだと言い張ります。一度ダイエットを止めてみたら事実が明らかになると思うのですが、今もやり続けています。
はんばいけいかく 【販売計画】
営業担当者が売りたい、売れたらいいのにと願う数量または金額のこと。合格祈願の絵馬と同様、実際に願いが叶うかはわからない。また、それを見たほとんどの第三者は誰もその結果を確認しようとしない。本人は結果を知ってはいるが、うまくいった時は満足して何もせず、失敗したときは落ち込むだけでやはり何もせず、次こそはうまくいく保証もない。
例:在庫が多いのに欠品率が高いのは、販売計画の精度が低いせいです。
需給担当者から販売計画の精度が低いので何とかしたい、という声をよく聞きます。しかし、そもそもその販売計画が需給管理を目的とした計画ではなく売上目標的な位置付けの場合があります。このような場合、営業担当者の興味は「単品ごとの販売数量」ではなく「カテゴリ毎の販売金額」です。ある製品の販売進捗が思わしくなければ、別の製品でカバーしようとするのです。また、予算目標を達成するために過大な計画を立てたり、目標達成を狙って過少な計画を立てたりすることも考えられます。まずは、単品ごとの計画精度の重要性を認識してもらうことから始める必要があります。販売計画精度の向上に不可欠なのが、精度の評価と精度が低かったときの原因究明・業務改善です。受験と同じように、失敗を次につなげるPDCAが大切です。
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