スマートホテルにおける顧客体験ホテル業界コラム
公開日:2025年10月9日
2020年10月、東京・渋谷区に「プリンススマートイン恵比寿」が開業しました。西武プリンスホテルズ&リゾーツが開発したスマートホテルブランドの第1号店で、現在は名古屋、京都、大阪、博多、那覇など、9店舗を展開しています。
プリンススマートインの最大の特徴は、ICTやAI技術を活用した「非接触型サービス」にあります。自動チェックイン機やスマートフォンを使ったデジタルキー、チェックアウトの手続きまで、ほとんどのプロセスがシームレスに連携しています。宿泊客は、事前に公式アプリで予約を行い、QRコードをかざすだけでチェックインを完了できます。客室予約から退館まで、スマートフォン1台で手続きを済ませられる仕組みです。

プリンススマートインのカスタマージャーニー
マーケティング研究では、カスタマージャーニーが重視されています。カスタマージャーニーとは、顧客が購入や利用のプロセスの中で複数のタッチポイントを経由しながら体験を積み重ねる一連の流れを指します(Lemon & Verhoef, 2016)。ホテルの場合、予約、到着、滞在、チェックアウト、滞在後といった段階ごとに体験が積み重なり、その総体が満足度やロイヤルティにつながっていくのです。
従来のホテルでは、予約は複数の旅行サイトを比較して最安値を探すのが一般的でした。到着時にはフロントでレジカードに記入して、スタッフからルームキーを受け取ります。出発時にはフロントに並んで、ルームキーを返却して現金やカードで精算を行い、チェックアウトを済ませるのが通常の流れでした。こうした対面接客を基本としたサービスプロセスが宿泊の定番だったのです。
プリンススマートイン恵比寿では、この流れが大きく刷新されています。
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予約
公式アプリやブランドウェブサイトからの予約が最安値に設定されているため、他サイトで価格を比較する必要がありません。迷うことなく効率的に予約を完了できます。
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到着・チェックイン
アプリで事前登録をしておけば、キオスク端末にQRコードをかざすだけでチェックインが完了します。記入作業は不要で、チェックインにかかる時間は1分程度です。アプリに鍵をダウンロードすると、スマホのBluetooth機能を使用して部屋の鍵を開けることができるようになります。
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滞在中
周辺のレストランや観光情報は、ロビーに設置されたマップ型デジタルサイネージで検索できます。これにより、フロントやコンシェルジュに尋ねなくても、好きな時に必要な情報を得ることができます。
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チェックアウト
アプリの操作でチェックアウト手続きが完了します。スマホキーなので、鍵の返却も必要ありません。フロントでの精算や列待ちをせずに出発できるため、ストレスが軽減されます。
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滞在後(ポストステイ)
公式アプリにはスタンプカード機能が備わっており、1泊ごとに1スタンプが貯まります。10スタンプで1泊無料になる特典があるため、宿泊後もアプリを開いて進捗を確認することができます。こうした仕組みによって、滞在体験が「その場で終わる」のではなく、「次回の予約」へとつながります。

顧客の反応と二極化
このようにDX化されたホテルのカスタマージャーニーの設計は、顧客の行動を変化させます。海外からの旅行者や若年層のほとんどは抵抗感なく、スピーディーに手続きを済ませます。一方で、年配層やデジタル機器に不慣れな顧客は、スタッフに手助けを求める場面も多く、滞在体験に差が出ています。
ホテル側の調査によれば、顧客満足度は10点満点中8点と高評価です。宿泊価格はリーズナブルに設定されており、スマートホテルであることを承知の上で利用している人にとっては、満足度の高い滞在スタイルであると考えられます。
スマートホテルの利便性と課題
スマートホテルの魅力は、予約から滞在後まで、効率的かつシームレスな体験を実現できることにあります。顧客は余計な待ち時間を削減でき、本来の目的である客室でのリラックスや休息を楽しむことができます。一度アプリをインストールすれば、全国のスマートインブランドで同じ手順により利用できることも、利便性を高めています。さらに、アプリのスタンプ制度がリピート需要を生み出し、ブランドへのロイヤルティを高める効果も期待できます。
しかし課題も残されています。非接触型サービスは、テクノロジーに不慣れな顧客にとっては利用のハードルが高く、また人による温かみのある接客を求める客層にとっては不十分かもしれません。効率化とホスピタリティの両立は、今後の重要なテーマとなるでしょう。
プリンススマートインの事例は、ホテルのDXが「宿泊プロセスの効率化」にとどまらず、顧客のサービス体験全体=カスタマージャーニーを再設計していることを示しています。どのタッチポイントを非接触化し、どの部分に従業員によるインタラクティブな交流を残すのか。その最適なバランスを見極めることが、今後のホテル経営に問われているのです。
筆者紹介

吉田 雅也(よしだ まさや)
淑徳大学 経営学部 観光経営学科 教授
筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院 ビジネス科学研究群 経営学学位プログラム修了。修士(経営学)。青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 国際マネジメント専攻修了。経営管理修士(MBA)。
株式会社東急ホテルチェーン(現:東急ホテルズ&リゾーツ)経営管理室マネージャー、コンラッド東京 財務経理部課長、パレスホテル東京 経理部支配人などを歴任後、2015年より大学教員としてホテル経営人材の育成に携わる。著書に『図解即戦力 ホテル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)など多数。
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