ホテル業界の課題とDX化ホテル業界コラム
公開日:2025年6月20日
コロナ禍を経て、我が国の観光業は完全復活を遂げ、さらに成長を続けています。2024年の訪日外国人旅行者数は、3,687万人と史上最多※1を記録しました 。背景には、各国通貨に対する円安傾向による割安感、航空便の回復、ビザ発給要件緩和などの要因とともに、日本の観光資源や文化的体験、ポップカルチャーへの注目度の高まりがあります。インバウンドによる消費額は8.1兆円に上り、外貨を獲得する輸出産業において、自動車産業に次ぐ経済規模にまで成長しています。インバウンド消費のうち、33.6%(2.7兆円)は宿泊費が占めており、宿泊業はまさに「稼ぎ頭」であると言えるでしょう。
国内の宿泊施設の延べ宿泊者数は6.5億人泊となり、コロナ前の2019年を9.1%上回っています。一方、宿泊業の従事者数(2024年平均)は、719,100人に増加しましたが、2019年比では1.6%増※2にとどまっています(図1)。つまり、利用客数の増加に対して、サービスを提供する人員数はほとんど増えていないことになります。実際には、コロナ禍により出勤調整などが行われた中で、サービスの中心的役割を担うべき多くの若手従業員が退職し、他業界に移りました。その後、宿泊需要の回復に伴って、ホテル各社は新卒採用者数を増やしましたが、新人が一人前になるためには一定の時間が必要であり、サービスの提供体制は十分ではありません。

とくに、東京、大阪、名古屋を中心とする三大都市圏では、外国人延べ宿泊者数がコロナ前の1.5倍以上に増えています。インバウンド旅行者は、東京を起点に全国各地の観光地に移動することが多く、ホテルスタッフは大きなスーツケースを配送する手続きや、それを受け入れる作業などに追われ、大きな負担となっています。また、朝食時にはレストランに長い待ち行列ができる光景が日常的になりました。地方部でも、宿泊者数はコロナ前とほぼ同水準にまで回復しましたが、若者が都市部に流出し続けており、ホテルの人材確保はますます難しくなっています。さらに一部のリゾート地では、新規ホテルの開業が相次ぎ、人材の争奪戦は激しさを増しています。帝国データバンクの調査によると、全国の旅館・ホテルの60.2%の施設で、正社員が不足していると回答※3しています 。
こうした宿泊業の人手不足問題に対処するため、観光庁では、令和5年度補正予算から、「観光地・観光産業における人材不足対策事業」を開始しました。人材確保支援策として、大型の合同企業説明会等における宿泊業の魅力発信イベントの実施等によって、事業者の採用活動を全面的に支援しています。また、外国語人材を確保するため、特定技能試験の受験者を増やすためのジョブフェア等のPR活動、試験合格者の雇用のためのマッチングイベント等を実施しています。さらに、人手をかけるべき業務に人材を集中投下し、サービス水準向上と賃上げを実現するための設備投資支援も行われています。この設備投資支援は2025年度も継続されており、宿泊事業者の人手不足対策につながるプランの実施に対して、採択された場合は500万円を上限に、2分の1の補助金が支給※4されます 。具体例として、フロント業務(自動チェックイン機、スマートロック・カードロック、施設内情報表示システム、翻訳・通訳システム、キャッシュレス決済端末等)、予約・デスク業務(PMS、サイトコントローラー、チャットボット、レベニューマネジメント等)、清掃業務(清掃ロボット等)、食事の準備・配膳業務(オーダーシステム、配膳ロボット)などがあげられています。このような設備投資による宿泊施設のDX化は、今後の宿泊業のあり方に大きな変化をもたらすことが予想されます。

利用客にとって、自動チェックイン機などのテクノロジーは、迅速でスムーズなチェックイン、多言語対応によるストレスの軽減につながるメリットがあります。しかし一方で、テクノロジーに苦手意識をもつ人や、無機質で画一的なサービスに不満を感じる人も存在しています。同じ人物であっても、出張のために1人で宿泊するときと、家族と一緒にレジャー目的で宿泊するときでは、ホテルに求めるサービスに違いがあるでしょう。
従業員にとっては、DX化によって定型業務が自動化され、多言語対応の負担が軽減されるなどのメリットがある一方で、システムのメンテナンス業務や、トラブル対応が中心となり、顧客との日常的なコミュニケーションは減少することになり、ホスピタリティ産業で働くやりがいを見失ってしまうリスクも考えられます。また、客室清掃では、自動清掃ロボットが普及しても、水回りや家具の手入れ、連泊時の荷物の取り扱いなど、細かな作業はやはり人手でなければ対応できない部分も多く残されています。
「何かを得れば、何かを失う」。スマートフォンの普及によって、多くのサービスが手元の端末で完結できるようになった今日、消費者は何を手に入れ、何を失うのでしょうか。また、ホテルでサービスを提供する従事者の働き方は、どのように変化していくのでしょうか。
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※1
国土交通省観光庁 令和7年版「観光白書」
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※2
総務省統計局「サービス産業動向調査」2024年12月
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※3
帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2025年1月)」
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※4
観光庁「観光地・観光産業における人材不足対策事業」
筆者紹介

吉田 雅也(よしだ まさや)
淑徳大学 経営学部 観光経営学科 教授
筑波大学大学院 人文社会ビジネス科学学術院 ビジネス科学研究群 経営学学位プログラム修了。修士(経営学)。青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 国際マネジメント専攻修了。経営管理修士(MBA)。
株式会社東急ホテルチェーン(現:東急ホテルズ&リゾーツ) 経営管理室マネージャー、コンラッド東京 財務経理部課長、パレスホテル東京 経理部支配人などを歴任後、2015年より大学教員としてホテル経営人材の育成に携わる。著書に『図解即戦力 ホテル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』(技術評論社)など多数。
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