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30年の共創が文化を生み、次世代へ。MR(複合現実)の先駆者たちが語る共創と人材育成の真意Butterfly Effect Archives 共想共創の歩み

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公開日:2026年7月30日

(左から順に、キヤノン株式会社 角田 弘幸、キヤノンITソリューションズ株式会社 田和 健治、竹中 哲也、立命館大学 大島 登志一教授)
写真:左から順に、キヤノン株式会社 角田 弘幸、キヤノンITソリューションズ株式会社 田和 健治、竹中 哲也、立命館大学 大島 登志一教授

多くの先端技術が、生まれては消えていきます。それでも、キヤノンのMR(複合現実)研究が30年走り続けられた理由は、「人」にありました。

かつて「おもちゃ箱」のような研究所で出会った、1人の研究者と1人の営業担当者。ときは経ち、共創のフィールドが大学に移っても2人の歩みは止まりませんでした。そして研究者のもとで学んだ若手技術者たちは、やがて企画者や共創パートナーとしてその輪を広げていきます。2026年5月、12台のMRシステムが同時稼働する世界でも珍しい研究施設「X-Verse Arena(クロスバース・アリーナ)」が、その30年の歩みの先に立ち上がりました。

立命館大学・大島登志一教授と、キヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)の竹中哲也氏に、MREALの企画・開発を推進する角田氏、現担当営業の田和氏を交え、共創を"文化"へと育てた30年と、その先の景色を伺います。

「エム・アール・システム研究所」から始まった30年にわたる共創関係

大島先生、竹中さんのご経歴と現在の活動を教えてください。

大島:もともとはキヤノンに在籍しておりまして、バーチャルリアリティ(VR:仮想現実)、ミクストリアリティ(MR:複合現実)を中心とした研究に携わっていました。そのあと、1997年に設立された「エム・アール・システム研究所」に出向し主任研究員を務め、2006年からは立命館大学の映像学部で教授を務めています。
いまは研究そのものというより、新しい技術を使った社会実装を念頭に置きながら、学生たちのモチベーションを上げる「教育中心」の生活です。「何のための映像か」をしっかり考え、技術を使いこなせる人材を育てることに注力しています。

  • 現実世界とデジタル仮想世界を継ぎ目なく融合する複合現実感(MR:Mixed Reality)の実現に向け、1997年に設立され、融合技術全体の研究やシステム開発を行った企業
立命館大学 映像学部 大島 登志一教授
写真:立命館大学 映像学部 大島 登志一教授
XR(クロスリアリティ)とは現実の物理空間と仮想空間を組み合わせたリアリティ拡張技術の総称

竹中:キヤノンITSでは、MRをはじめとするXR技術も、ものづくりや社会インフラを支えるITソリューションの一つとして位置づけ、長年取り扱ってきました。私自身も、XR関連の営業やインテグレーションに長く携わり、一昨年の定年退職後はシニアエキスパートとして活動しています。
大島先生や立命館大学さんとは現役時代から長くお付き合いがあり、立命館大学の「CVIC(シービック)」という新しい施設へのMREAL導入にあたっても、システム企画や構成の段階からサポート役として関わらせていただいています。現在のキヤノンITS側のメイン担当営業は田和ですが、私は長年の関係もあり「大島先生担当」のような立ち位置でやらせていただいています(笑)。

  • MREAL(エムリアル)は、キヤノンが開発した高度なMR(複合現実)システム。光学技術と映像処理技術により、現実世界と3D CGをリアルタイムかつ高精度に融合させる。専用ディスプレイを装着すると、現実空間に実寸大のデジタルデータを違和感の少ない形で重ねて表示できる。製造業におけるデザインレビューや作業現場のシミュレーションから、学術研究機関まで、最先端の現場で幅広く活用されている。
キヤノンITソリューションズ株式会社 製造ソリューション事業部
エンジニアリングソリューション営業本部 第二営業部 竹中 哲也
写真:キヤノンITソリューションズ株式会社 竹中 哲也
写真:MREAL実機

今回、同席されている角田さん、田和さんと大島先生との関係はいかがでしょうか。

角田:私と大島先生の関係は、エム・アール・システム研究所時代からです。研究所に入ってすぐ、大島先生のチームに配属されました。先生が大学教授になる前の「最初の教え子」として、リアルタイムCGやMRを一から叩き込んでいただいたんです。先生が最初にMRを使ってつくったエアホッケーやシューティングゲームなどのCG素材づくりから入り、現在はMREALのソフトウェア企画やコンテンツディレクションを担当しています。

キヤノン株式会社 イメージング事業本部 角田 弘幸 氏
写真:キヤノン株式会社 イメージング事業本部 角田 弘幸 氏

田和:私はキヤノンITSで立命館大学さんの担当営業をしています。営業になる前は技術職としてヘッドマウントディスプレイ(HMD)のサポートで大島先生の研究室に伺っていました。CVICへのMREAL導入に際しても、実務の窓口として携わっています。

キヤノンITソリューションズ株式会社 製造ソリューション事業部
エンジニアリングソリューション営業本部 第三営業部 田和 健治
写真:キヤノンITソリューションズ株式会社 田和 健治

大島先生と竹中さんの出会いも30年前のエム・アール・システム研究所時代に遡ると伺っています。当時のお互いの印象はいかがでしたか?

竹中:私はエム・アール・システム研究所の立ち上げに必要なワークステーションなどの大型機材やプロジェクターなど、設備全般の調達を担当していました。当時の大島先生の部屋は「おもちゃ箱」のようで、ご本人もいい意味で「少年の心を持った大人」というか、研究に対して非常に純粋で熱い思いを持った方という印象でした。
一方で、大島先生がつくられたプロトタイプを外部のお客さまに使っていただくフェーズになると、研究者ゆえの「こだわりの強さ」が前面に出ることもありました。そこでお客さまの要望との間を埋め、システムとして社会に出していくのが私の役割でした。

大島:当時の私は「こういうシステムをつくれ」と言われると、熱心になるあまり、自分の趣味まで反映させてしまう面がありました。そうすると、どうしても顧客が求める仕様と乖離する部分が出てくる。そんななか、竹中さんはつねに冷静で、「なぜできないか」ではなく、「何が必要で、何なら実現できるか」を丁寧に整理してくれる方でした。お客さまとの橋渡しを含め、当時から非常に信頼できる方でした。

30年の共創の歩み年表

「B2A」の壁を突破した信頼関係。教育現場のシビアな声を製品開発へ

大島先生は2006年にキヤノンを離れて立命館大学へ移られ、映像学部を立ち上げられました。その経緯を教えてください。

大島:エム・アール・システム研究所からキヤノンに帰任したあとも、比較的自由な環境で研究開発をやらせてもらっていました。しかし、マネジメント職になるにつれて、もっと現場に近いところで研究に取り組みたいという思いが募るようになってきました。そんなとき、先に立命館大学に移られていた元上司の田村秀行教授から、新しく映像学部が立ち上げられるという情報を得ました。教育も研究開発も幅広く手がけられる自由な環境に惹かれ、大学へ移る決心をしました。

ちなみに、私は会社員時代から「教育」に携わってきた自負があります。上司から預けられた新人を、私なりに育て上げ、自分のやりたいことを理解してくれるチームをつくるのはエキサイティングでした。大学でも同じで、私が教えている学生たちは「一緒に研究するチーム」です。自分の研究と地続きの形で教育を進めています。

写真:インタビュー風景

大学へ移られたあとも、竹中さんに機材の相談をされたそうですね。

大島:はい。大学に移ってもMREALに関わり続けることは決めていました。ただ、当時は大学の予算も限られており、MREAL自体もまだプロトタイプに近い段階。そんななかで、どうやってアカデミックの場に導入していくか。その道を一緒に模索してもらうには、人として信頼できる竹中さんに相談するしかありませんでした。

竹中:お声がけいただいたときはうれしかったですね。ただ、当時はキヤノンとして提供できる機材に限りがあり、苦肉の策として海外製のVRゴーグルにカメラを取り付けて「MR風」の構成で納品したこともありました。そこから徐々に製品版に近いプロトタイプができ、導入を進めていきました。

企業(B2B)ではなく大学(B2A)相手のビジネスという点で、難しさはありましたか?

竹中:正直、難しいことだらけでした。大学は年度予算や科研費で動くため、MREALのような高額なハードウェアや、毎年のライセンス費用を継続して捻出するのが制度上難しいケースが多いんです。「保守が切れても使い続けられるようにしてほしい」「アカデミックプライスを設けてほしい」といった要望は、大島先生からよくいただきました。こちらとしても、採算面だけを考えていては関係を築けません。教育現場でのフィードバックが、巡り巡ってB2Bの製品開発にも必ず貢献すると信じて対応を続けてきました。

大島:竹中さんたちは、制約のなかでつねにギリギリの提案や新しいやり方を提示してくれました。また、技術面でもこちらの要望に丁寧に応えてくださったのを覚えています。キヤノンITSから提供された機材を学生たちに使ってもらうと、「ケーブルが重い」「画角が狭い」といった率直な意見が出てきます。彼らは製品開発の苦労を知らないからこそ、ユーザー目線でのシビアな感想をそのまま口にする。それを竹中さんや角田さんにフィードバックしていました。

写真:インタビュー風景

角田:大島先生や学生さんからの指摘は、我々メーカーもしっかり受け止めていました。ときに耳の痛い意見もいただきますが、先生は技術的な限界も熟知されているので、決して「無理難題」はおっしゃらない。それでも進化の遅れを指摘されると、真摯に応えようと開発部門にフィードバックしてきました。

12台のMREALが同時に稼働する「X-Verse Arena」の衝撃

大島先生は2026年5月に立命館大学びわこ・くさつキャンパスにオープンしたCVIC内の「X-Verse Arena」の設計も手がけられています。

大島:X-Verse Arenaは、私が1997年から経験してきた実験室設計の「集大成」です。設計ポリシーは、映像学部だけでなく、心理学や人文社会系の研究者など、誰もが簡単に最先端技術を使えること。それでいてスペックには一切妥協しないこと。この両立を追求しました。

  • X-Verse Arenaは、先進的なXR/MR技術を文理問わず活用できる研究施設。広大な白いスタジオ空間に、キヤノンのMRシステム「MREAL」12台と多数のモーションキャプチャーカメラを常設し、多人数での同時MR体験を実現させた。XRが普及した将来におけるウェルビーイングを探求する、産学連携の実験場。
写真:クロスバースアリーナ

大島:最大の挑戦は、12台のMREALを同時に使用できる環境を構築したことです。将来、XRが当たり前になったとき、それが人々の関係性をどう豊かにしていくのかを研究するには、「多人数が同じ空間(世界)を共有する環境」が不可欠だったのです。
ただ、技術的な難度は極めて高い。広大な空間で、多数のモーションキャプチャーカメラとMREALを連動させて高精度にトラッキングするのは、世界的にも珍しい試みでした。

写真:MREAL体験の様子

田和:キヤノンITSとしても、この規模での12台同時稼働は大きな挑戦でした。MREALは安定性のために有線接続を採用しているため、人が動いてもケーブルが絡まらないよう四隅から3台ずつ配線を出したり、アリーナの空間に馴染むよう機材の色はなるべく白を採用したり、可搬用の専用ワゴンを用意したりと、現場での細かな工夫を積み重ねました。

写真:CVIC公開風景

オープンに至るまで、相当な試行錯誤があったのですね。

大島:試行錯誤はいまも続いています。5月のオープンはあくまで通過点であり、そのあとも機能改善を行って日々ベストを更新していかなければなりません。また、クオリティだけでなく、研究施設としての稼働率もトップクラスを実現したいと考えています。

CVICのオープニングでは「Bolero(ボレロ)」というMRコンテンツも披露されました。演奏者のすぐそばまで近づいたり、背後に回り込んだりと、従来の映像では難しい自由な視点で鑑賞できるこのコンテンツは、どのように生まれたのでしょうか。

竹中:もともとは、X-Verse Arenaの技術パートナーであるクレッセント社の社長が「ボリュメトリックビデオ(現実の人物や空間、動きを丸ごと3Dデータ化する技術)が進化し、一度に大勢を表示できるようになったら、『ボレロ』のような多人数の演奏をMRで見せてみたい」とおっしゃったのが始まりです。
その構想が技術の進化とともに具体化し、新日本フィルハーモニー交響楽団の協力のもと、実現に至りました。そのアイデアにJVCケンウッド社の立体音響技術が加わり、音・映像・MRが三位一体となったコンテンツが完成しました。

画像:MRコンテンツ「ボレロ」

Boleroの開発を担当したクレッセント社には、大島先生の教え子の方もいらっしゃるとか。

大島:クレッセントさんに私のゼミの卒業生がいて、このプロジェクトに携わっています。これは教育者として最もうれしいことで、産学連携の大きな成果だと言えます。今後も、こうした事例をどんどん増やしていきたいですね。

竹中:私はいまも年に一度、大島先生のゼミで講義をさせていただいていますが、心がけているのは「MR技術が社会のどこで、どう役立っているか」を具体的に伝えることです。学生たちが自分の研究の意義を実感し、今回のBoleroを生んだように、技術を社会の中で実践できる人材として育っていく。そんな好循環を支えることも、私たちの活動の大きな意義だと思っています。

「夢」が技術を生かした。30年の歩みでたどり着いた共創の真意

キヤノンのMR研究がスタートしてから30年が経ちました。大島先生は、MRの「現在地」をどう捉えていますか?

大島:正直に言えば、キヤノンの発想は「早すぎた」のかもしれません。しかし、その取り組みは決して無駄ではありませんでした。私たちが当時の限界のなかで「MRの到達点」を明確に示したからこそ、いまのMeta Quest 3のようなコンシューマー向けMRゴーグルが市場に投入される土壌ができた。このような廉価なデバイスがより多くの人に届くようになったとき、社会は本当に変わってくるはず。その入口までたどり着いた、パイオニアとしての自負はあります。

一方で、現在は「セキュリティによる使いにくさ」という新たな壁に直面しています。本来は誰もが簡単に使えるべき技術が、認証などの手間でハードルが上がっている。今後は「安全かつ、いかにシームレスに提供するか」が進化の鍵になるでしょう。

30年という長い年月を特定分野の研究に捧げるのは簡単なことではなかったと思います。どのようにモチベーションを保たれてきたのでしょうか。

大島:企業の研究員時代は、進化そのものが「ミッション」でした。大学に移るとリソースは限られますが、自分のやりたいことがある限り、ミリ単位でも進捗は必ずあります。人から褒められるようなことではない、ちっぽけな一歩かもしれません。でも、それを毎日積み重ねてきたからこそ、気づけば30年が経っていた。それが実感です。

竹中さん、角田さんは、この30年をどう振り返りますか?

竹中:大きなポテンシャルを持つ技術だとしても、研究から製品化、さらにその後の発展まで含めて長期的に持続させるというのは、どんな企業でも「奇跡」のようなことだと思います。
多くの技術が消えていくなかで、MRが基礎研究から始まり、製品化を経て今に至るまで約30年にわたって生き残っているのは、大島先生のように外部から価値を発信し続けてくれる「人」がいたからです。「大学と組み、外から可能性を発信してもらう」という連携があったからこそ、社内でも「もう少し続けよう」という空気が維持できたのだと思います。

メーカーにとって製品化はひとつのゴールです。ですが、大島先生との連携を通じて気づいたのは、製品が世に出ることはスタートラインに過ぎないということ。社会が本当に変わるには、研究と実践が途切れずに続く必要がある。その意味で、この30年は「社会実装」というもっと大きなゴールに向かって歩み続けた時間だったと思っています。MREALを含むMR技術はまだ進化の途上にありますので、この先も研究と実践を繰り返しながら、真のゴールに向かって歩み続けていきたいと思っています。

角田:私も、なぜこの技術が生き残ったのか、今日のお話で腑に落ちました。結局、「大の大人が夢を追い続けてきたから」なんですよね。その夢を時折「Bolero」のような形で具現化することで、周囲も「期待していいのかもしれない」と思わされたのではないでしょうか。

ちなみに、大島先生の教え子たちと仕事をすると、UIデザインなどに先生のこだわりが色濃く反映されているのを感じます。大人の夢を若い世代が脈々と引き継いでいるのは、本当に素晴らしいことですね。

最後に、30年に渡る活動を通じて、大島先生と竹中さんは「共創」という言葉をどのように定義されるようになりましたか。また、MR研究における今後のお二人の目標を教えてください。

竹中:私はこれまで「共創しよう」と構えて取り組んできたわけではありません。ただ、先生方やお客さまの仕事に対してつねに強い好奇心を持ち続けてきました。その積み重ねが、結果としてすべて「共創」に繋がっていったのだと感じています。これからも柔軟な姿勢を大切に、この「X-Verse Arena」を通じてMRの新しい可能性を支援していきたいと考えています。

大島:真の共創とは、突き詰めれば「人を育てること」なのだと気づきました。次世代の担い手が育つことで、そこから新たなパートナーが生まれ、個々の経験が掛け合わされることでさらに良いものが創出される。この循環こそが共創の本質ではないでしょうか。

私のこれからの目標は、まずはこの施設を安定稼働させ、着実に成果を出すこと。そのあとは、ここを自分たちの「遊び場」にして過ごせれば最高ですね。

写真:インタビュー風景

お客さまプロフィール

会社名
立命館大学
所在地
京都府京都市中京区西ノ京朱雀町1

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