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「生成AI導入の知見」
生成AIは業務をどう変えるのか メール対応業務における活用事例
テクニカルレポート

公開日:2025年10月21日

R&D本部 言語処理技術部 シニアITアーキテクトの中市です。
生成AIを活用して、文章生成や要約、質問応答などを行う取り組みが大きな注目を集めており、生成AIを業務に取り入れることで、業務効率の向上や従業員の負担軽減が期待されています。
キヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)でも、生成AIの導入と利活用を模索する中で、製品/サービスのサポート業務、特にメールでの問い合わせ対応業務に着目し、コンシューマ向けソフトウェア製品を対象に実証的な取り組みを開始しました。

なぜメール対応にAIを活用しようと考えたのか

サポート業務の問い合わせ対応には、以下のような課題があります。

  • 類似した質問が頻繁に寄せられ、対応が繰り返しになりやすい
  • 回答作成に時間がかかり、担当者の負担が大きい
  • 担当者によって回答の品質にばらつきが出る

このような課題に対して、以下の対策を行いました。

  • よくある問い合わせは、質問と回答をあらかじめテンプレートとして整備し、FAQのように活用できるようにする
  • 過去の問い合わせ履歴から類似する事例を探し、それを再利用することで回答の効率化を図る

しかし、テンプレートや過去の問い合わせの検索には一定の慣れが必要です。キーワードによる検索であるため、表現の揺れや業務知識の有無により結果が左右されます。特に新たな担当者にとっては、目的の情報にたどり着くのに時間がかかることも多く、負担が大きいという課題もありました。

このような課題に生成AIを活用することで解決したいと考えますが、生成AIには自然な文章を出力できる一方で、事実と異なる情報を含む可能性があります。お客さまに正しい情報を返すためには、最終的に人が内容を確認し、判断するプロセスを組み込むことが欠かせません。

このような点を踏まえ、生成AIを効果的に活用できる領域を検討しました。その中でもリアルタイム性を必要としないメール対応業務は、内容の確認と判断のための時間を確保できるので適用しやすい領域であると考え、該当業務の支援を目的としたアプリケーションの開発に着手いたしました。

生成AIを活用した業務支援アプリケーションの開発とその工夫

私たちは、生成AIを業務に組み込む方法として、RAG(Retrieval-Augmented Generation)アーキテクチャを採用しました。これは、「まず情報を検索し(Retrieval)、その情報をもとに文章を生成する(Generation)」という二段階の構成であり、生成AIが持っていない知識を外部のデータソースから補いながら、より正確な回答を導ける仕組みです。

アプリケーション開発では、現状の業務プロセスも考慮して、RAGアーキテクチャを次の2つの機能に分けて段階的に実装しました。

検索の利便性を高める機能の実装

テンプレートおよび過去の問い合わせ履歴から、関連する情報を抽出します。従来のようにキーワードによる検索ではなく、お客さまからの問い合わせ文などの自然な文章をそのまま入力し、意味に基づいて類似する問い合わせを検索します。そうすることで、表現の違いや言い回しの揺れに強い仕組みとしています。これにより、業務知識が十分でないユーザーにとっても、より使いやすい検索体験を実現しました。また、問い合わせ履歴は製品名やカテゴリで分類しているため、これらの条件でフィルターをかけることで検索精度を高める工夫をしています。

回答文の生成機能の実装

検索で得られた情報をもとに、AIが回答文の草案を自動生成します。検索結果の中からユーザーが「生成に使いたい情報」を選択できることで、参照情報の精度を事前にコントロールし、生成される回答文の品質を高める工夫をしています。

検索と回答生成を分離したシステム構築
問い合わせメール内容確認→検索フェーズ(Retrieval)回答の準備:テンプレートと対応履歴を検索→関連文書の選択→回答生成フェーズ(Augmented Generation)回答案作成:テンプレートと対応履歴を参照して作成→回答校正 過去の問い合わせ対応、テンプレートをもとに、顧客への回答案を生成するシステムを構築あえて検索フェーズと回答生成フェーズを分離することで、回答の品質を保ちつつ対応時間の短縮を図る

RAGの一般的な実装では、検索と生成の処理が内部で完結しユーザーからはその過程が見えません。そのため生成結果の品質が低い場合に、原因が検索にあるのか生成にあるのかを特定しにくいという課題があります。そこで私たちは、検索と生成の結果をユーザーに明示し、それぞれの評価を可能にしました。

アプリケーションとしてある程度の有効性が見えてきたら、将来的にはこの「検索結果の選択」をAIに任せて自動化することも視野に入れています。初期段階では人の判断を加えながら、徐々に自動化の範囲を広げていく構想です。

生成AIを活用した業務支援アプリケーションを実際に使ってみた結果

実証段階では、以下のような結果が得られました。
検索機能は、検索精度はおおむね良好でした。特に、障害対応や技術的な問い合わせなど、対応パターンが多様で複雑なケースでは、過去の問い合わせ履歴から関連する情報をすばやく引き出せる点が有効であり、工数削減に大きく貢献しました。

一方で、自動生成された回答文には、内容の正しさだけでなく以下のような課題が見られました。

  • 社内のメール作成ルールと合致しない文体/構成
  • 丁寧さや敬語の表現にばらつきがある

このため、生成結果を修正して使うよりも、検索結果を参照して自分でメールを作成した方が早いと感じられるケースが多く見受けられました。

実践から見えた生成AI活用のリアル

ユーザーによる正誤判断は簡単ではない

生成結果に限らず、検索結果の正しさを判断すること自体が想像以上に難しい作業であると認識しました。当初は、業務知識が十分でない新たな担当者に対して、検索機能や回答生成機能による支援が大きな効果をもたらすことを期待していました。しかし実際には、情報の正誤や文脈の妥当性を判断するためには、ある程度の業務経験が必要であり、新たな担当者にとっては十分に活用しきれていないケースも多く見られました。一方で、半年から1年程度の経験を持つ中堅層にとっては、検索や回答作成の補助として高い効果が見られ、業務の効率化にもつながることが確認されました。

検索の質が活用効果を左右する

本ユースケースでは、あらかじめテンプレートが用意されており、回答作成時のナレッジとして一定の品質が担保されていました。そのため、検索結果の引用で対応できるケースも多く、生成AIによる新たな回答生成の効果は限定的でした。むしろ、必要な情報を正確かつ迅速に検索できることの方が、業務効率化の面で大きな価値を示しました。また、RAGでも高品質な情報を生成AIに与えることが回答精度を上げるためのポイントになります。雑多なデータを集めたところで精度向上にはつながりません。結果としてデータ整備による検索精度の向上こそが、業務効率化および生成AI活用の基盤であることを実感しました。

精度の定義はユースケースにより異なる

いわゆる「AI検索」のように、内容が正しく疑問を解決できれば良いという場面もあれば、今回のように生成結果を二次利用することが前提で、内容の正確さに加えて表現の丁寧さや構成の明瞭さが求められるケースもあります。目的に応じた「精度」の定義と、それに合致した仕組みと評価指標の設計が不可欠であると実感しました。

生成AIを業務適用するためのポイント

今回の取り組みでは、生成AIをメール対応業務に適用することで、業務効率化の可能性を探りました。検索機能は実務でも十分に活用できると確認できた一方で、回答生成機能は限定的な活用にとどまりました。利用者のスキルや業務理解の深さ、さらにユースケースによっても効果の現れ方に差があり、生成AIを導入することが必ずしも効率化につながるとは限らないことも分かりました。

また、生成AIを単なる自動化ツールとしてではなく、人と協調しながら業務を担う「支援パートナー」として活用するうえでの実践のポイントや課題を整理する機会となりました。生成AIの出力結果は必ずしも期待通りのものであるとは限りません。そのため、生成AIの業務適用では、既存の業務を置き換えるという発想ではなく、人とAIが役割を分担しながら協調的に作業を進めることが重要です。

キヤノンITSでは、今後さらにお客さまの業務理解を深めながら、生成AIの特性を生かした業務支援や提案に取り組んでまいります。業務プロセスに即した生成AI活用に関心をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。

筆者紹介

R&D本部 言語処理技術部 中市 秀哉

中市 秀哉

R&D本部 言語処理技術部所属。入社以来、情報漏えい対策ソリューションGUARDIANWALLシリーズの開発に従事。近年では生成AIを用いた業務改善やシステム開発にも取り組む。