「生成AI導入の知見」
汎用AIだけでは足りない?VOC分析「業務特化型」のシステム開発
テクニカルレポート

公開日:2025年7月23日
R&D本部 言語処理技術部 シニアITアーキテクトの蔵満です。
私たちは、製品やサービスの改善に向けて、お客さまの声(Voice of Customer、以下VOC)を活用する取り組みを継続しています。特にコールセンターでの問い合わせ内容やアンケートの自由記述欄などに含まれるVOCは、ユーザーの本音が詰まった貴重な資源です。しかし、その活用には「工数が膨大になる」「分析作業が属人化しやすい」といった課題がつきまといます。
これまで、社内開発したテキストマイニングツールを用いて頻出キーワードや分類カテゴリの分析を行ってきましたが、辞書のメンテナンスや初期設定に多くのリソースを要しており、現場からは「負担が大きい」という声もありました。こうした背景の中、私たちは生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)を活用した、より柔軟で効率的なVOC分析の仕組みづくりに取り組んでいます。
VOC収集から活用までのプロセスを生成AIで「半自動化」
現在構築している仕組みでは、VOCの収集から分析、活用までの一連のプロセスを、生成AIを用いて省力化しています。プロセスは大きく3段階に分かれます。
1.収集フェーズ
電話対応の会話音声をテキスト化し、生成AIで自動的に要約を行います。ここで重要なのは、「分析に適した構造」に加工することです。たとえば、「問い合わせの内容を端的に記載する」、「確認事項をキーバリューの形式で抽出する」という加工をすることで、後段の分析工程を効率的に行うことが可能です。
2.分析フェーズ
要約されたVOCをもとに、生成AIが自動的に話題を抽出し、分類/集計し、分析レポートとして出力します。分析レポートには、「どんな話題が」、「どれくらいあり」、「どのようなことが言われているか」が記載され、これまで手作業で数日かる作業が、数分から数時間で完了するようになります。
3.活用フェーズ
分析結果をもとに、商品企画のヒントを得たり、FAQの更新/新規作成につなげるなど、実務に直結した活用が可能になります。VOCから得られた知見をチェックし活用する部分は人が担当することで、施策の妥当性を担保しています。
汎用的な生成AIの限界と「業務特化型」システム開発の意義
近年、ChatGPTをはじめとした汎用型の生成AIは目覚ましい進化を遂げており、「VOCデータをそのまま投入して、分析を依頼すれば自動的に知見が得られるのでは?」と期待される方も多いかもしれません。
しかし、実際の現場での検証を通して明らかになったのは、現時点における生成AIの汎用性と、業務で求められる精度/構造化との間には、依然としてギャップが存在するという事実でした。
データ量に関する課題
最大の課題は、処理すべきデータ量の多さです。私たちが扱うVOCは数十万件におよび、1件あたりは短文でも、全体としては生成AIが一度に処理できるトークン量を大きく超えてしまいます。そのため、単純に「すべてを一括で投入して分析する」といったアプローチは現実的ではありませんでした。
精度に関する課題
精度の面でも課題があります。実務では、単に「話題を抽出する」だけでなく、「各話題がどのくらい出現しているか(量的情報)」「どのような問い合わせが該当するか(質的情報)」といった具体的な情報に基づいて施策を検討する必要があります。
こうした要件を、一度のプロンプトで正確に満たすのは困難であり、「話題抽出」「分類」「集計」「要約」といったタスクに分割して、それぞれを適切に設計/実行する必要がありました。
ユーザビリティに関する課題
さらに、ユーザビリティとコストの観点も無視できません。汎用的な生成AIは自由度が高い反面、利用者に適切なプロンプト設計を求める場面が多く、現場の業務担当者には高いハードルとなります。試行錯誤が重なれば、APIコストが膨れ上がるリスクもありました。
こうした背景から、私たちはVOC分析業務に特化したアプリケーションの開発に取り組みました。当初はテキストマイニングを行うためのツール(機能)をAIに搭載し、ユーザーがAIと対話しながら分析する仕組みも検討しましたが、現時点ではコストパフォーマンスが見合わないとの判断に至り、よりシンプルに目的を達成可能な設計にしています。
なお、精度向上のために工夫した話題抽出や分類処理の具体的な手法は、別の記事として後日あらためてご紹介いたします。
まとめ 生成AI活用における業務設計の重要性
生成AIを業務に取り入れる際に最も重要なのは、生成AIが必ずしも正確な出力をするとは限らないという前提に立ち、その不確実性を業務プロセスの中でどう許容/補完するかを設計することです。
本プロジェクトでは、生成AIによって自動化できる部分(要約/抽出/分類/集計)と、人が担うべき部分(知見の確認/意思決定/施策への反映)を明確に分けることで、AIの強みを生かしながらも施策の妥当性を人が保証できる体制を構築しました。
このように、業務プロセス全体を見渡しながら、「AIに任せる部分」と「人が責任を持つ部分」を適切に設計することが、実務での生成AI活用の成功に直結します。単にAIを導入するのではなく、どの業務プロセスに、どのような形でAIを活用するのかを見極めることが不可欠です。
キヤノンITソリューションズでは、今後さらにお客さまの業務理解を深めながら、生成AIの特性を生かした業務支援や提案に取り組んでまいります。業務プロセスに即した生成AI活用に関心をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
筆者紹介
蔵満 琢麻
R&D本部 言語処理技術部所属。自然言語処理の応用研究に従事。情報検索やナレッジマネジメントを専門とし、近年では生成AIを用いた業務改善やシステム開発に取り組む。