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コラム|ホテル業界コラム 第1回 ビジネスホテルの現在地[2024.5.17]

ビジネスホテル

馴染み深いビジネスホテルであるが、みなさんは“ビジネスホテルの意味”について考えたことはあるだろうか。ビジネスと言うだけに、出張仕事で利用するためにつくられたホテルというイメージもあるだろう。でもビジネスホテルは観光でも利用されるし、女子のひとり旅の姿、最近では訪日外国人旅行者もよく見かける。

そもそもビジネスホテルの語源とはどのようなものだろうか。調べてみるとあるホテルに行き着く。そのホテルとは「ホテル法華クラブ」だ。聞いたことがあるホテル名という人もいることだろう。法華クラブは大正9年(1920年)京都へお寺参りに訪れるゲストのための旅館として創業し、昭和30年代後半にはビジネスホテルに業態転換したという。「今や一般的となったビジネスホテルという言葉は、当社が先駆けとして開発した画期的なもの(同社公式サイトより)」とし、すなわち日本で初めてのビジネスホテルは昭和30年代後半に誕生したことになる。

ビジネスホテルに限らず、シティーホテル、リゾートホテル、カプセルホテルなどホテルには様々なスタイルがある。共通するのは“寝る部屋の提供”ということだろうか(カプセルホテルのユニットはあくまで家具であるがユニットが並ぶのが部屋)。でも結婚式や宴会でもホテルは大活躍するし、私がいま滞在しているリゾートホテルは寝るだけでなく、プールやエステなども楽しめる。

かようにホテルは様々なサービスをするが、ビジネスホテルの最大の特徴は“宿泊以外のサービス提供を省いている”という点だ。朝食を提供するスペースはあるものの、結婚式や宴会はできない。逆に宿泊以外の多様なサービスを提供している場合はビジネスホテルとはならず、一般には“シティーホテル”と言われる。様々なサービスを提供することから業界では「フルサービスホテル」とも表される。一方のビジネスホテルは「リミテッドサービスホテル」ということになる。

東横イン

ビジネスホテルの代表格とも言われる東横イン

さて、そんなビジネスホテルではあるが、リミテッドサービスゆえにサービスの提供は限られる反面、合理的な経営が期待できる側面もある。ホテルダイニングはいつ来るかわからないゲストのために人手や食材を準備しておく。しかも暇だからといってお金をとってやろうと2000円のパスタを今日は4000円になどということはありえない。宿泊はどうであろうか。最近では「ダイナミックプライシング」という言葉で馴染み深くなったが、繁閑に応じて日々料金を変動させる。

景況に左右されやすい観光産業にして、リスク回避という点からもビジネスホテルは強い。そのようなことから、巨体チェーンをはじめ独立系まで実に多くのビジネスホテルが誕生してきた。ビジネスホテル活況がピークを迎えたのがコロナ禍前のインバウンド活況だ。ここではスペースの関係でデータの挿入は控えるが、ホテル業界において他の業態に比べて圧倒的なシェア拡大がみられた。

当時、東京オリンピックへの期待もあいまって、激増する訪日外国人旅行者を商機と捉え、宿泊業に参入する事業者も相次いだ。ビジネスホテルは開業までの期間やイニシャルコストにおいても他業態と比較して分がある。急激に増加してきた訪日外国人旅行者に対応するのには向いていた業態だった。何事も競合が起きると差別化が生まれるわけであるが、ビジネスホテルも過去にない熾烈な競合が見られるようになっていった。

差別化という点では、ビジネスホテルは個性を出しにくい業態とも分析できるが、少ないサービスの提供の中で、たとえば外観や客室、ロビーなど改装するホテルもあったがコストもバカにならず、手っ取り早く他ホテルとの差を付けやすいコンテンツとして朝食がフォーカスされた。“ビジネスホテル朝食合戦”などいう表現で、私も何度記事を書いたことか数え切れないほどであるが、コロナ禍を経てもなおビジネスホテルの朝食進化の勢いはとどまることを知らない。

朝食だけではない。人気ビジネスホテルとして不動の地位を築く「ドーミーイン」は、開業当初から大浴場やサウナをキラーコンテンツとしてきたが、その人気から差別化のポイントとして注目され後に続けと導入するビジネスホテルは多い。ドーミーインでは夜食ラーメンを代表とした無料サービスの提供も人気であるが、夜食ラーメンを無料提供する小規模ビジネスホテルチェーンも最近見かけた。

ドーミイン

安定の人気を誇るドーミーイン

これらは既に導入している人気チェーンのサービスを模倣する動きということなるが、もちろん大胆にも客室をシティーホテルクラスの広さやクオリティーにするようなビジネスホテルもあり、高いコンセプト性を打ち出すブランド、豪華なスイートルームを擁するホテル、朝食会場もオシャレなダイニングレストランと見紛うような空間で驚くこともある。

コンセプト性も高まっているレフ大宮 by ベッセルホテルズ

コンセプト性も高まっているレフ大宮 by ベッセルホテルズ

ビジネスホテルのイメージを超越したホテル ココ・グラン高崎のスイートルーム

ビジネスホテルのイメージを超越したホテル ココ・グラン高崎のスイートルーム

ビジネスホテルというワードの持つ、“チープで簡素だけど高き利便性”というイメージはいまや変わりつつある。ビジネスホテルという言葉は広く認知され一般化されることで、業界は言葉の持つ力の恩恵にあずかってきた。一方で、もはやビジネスホテルのイメージにそぐわない“宿泊に特化するホテル”が増えた。

業界では宿泊特化型ホテルという表現が定着しているが、上述で説明した通りビジネスホテル=宿泊特化型ホテルと捉えることもできる一方で、「ビジネスホテルと呼ばないで」という宿泊に特化した個性的ホテルもふえた。ビジネスホテルの現在地は、もはやビジネスホテルという表現がそぐわない宿泊に特化したホテルというジレンマと共にある。

筆者紹介

瀧澤 信秋(たきざわ のぶあき)
ホテル評論家

1971年生まれ。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。

ホテル評論家 瀧澤 信秋

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