宿泊産業におけるホスピタリティとマーケティング(2):この差はなぜ?…「関係」がポイントとなるマーケティングの重要性ホテル業界コラム
公開日:2026年10月13日
前回、わが国のホテル企業が存在感を低下させて、「日本ローカル」の企業になってしまったことを指摘した。海外ブランドは多数進出してきている一方で、国内のホテル企業が海外にあまり進出できていないのが実情である。そのため、特に高価格帯の施設は、軒並み海外ブランドが冠されている。このことは、海外のホテル企業にブランドと運営のノウハウを提供してもらい、コストを支払いながら対応していることを意味する。
それではなぜ、わざわざ高いコストを支払いながら、海外のチェーンが開発した海外のブランドを冠するのであろうか。
理由は簡単であり、その方が1室の値段が相対的に高くできるからである。某OTAで、日付を指定せずに大人2名1室の料金を検索すると、以下のとおりとなった。
| 順位 | 施設名 | 価格 | 広さ | ㎡辺り価格 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Auberge TOKITO | 394,940円 | 106㎡ | 3,725円 | ※1 |
| 2 | アマン東京 | 298,584円 | 71㎡ | 4,205円 | |
| 3 | ブルガリホテル東京 | 240,350円 | 56㎡ | 4,291円 | |
| 4 | クワイエットTOKYO 柿の木坂 凪 | 235,200円 | 196㎡ | 1,200円 | ※2 |
| 5 | フォーシーズンズホテル丸の内東京 | 175,096円 | 44㎡ | 3,979円 | |
| 6 | フォーシーズンズホテル東京大手町 | 171,095円 | 49㎡ | 3,491円 | |
| 7 | ジャヌ東京 | 156,545円 | 55㎡ | 2,846円 | |
| 8 | マンダリンオリエンタル東京 | 153,223円 | 50㎡ | 3,064円 | |
| 9 | 東京エディション銀座 | 150,282円 | 41㎡ | 3,665円 | |
| 13 | パレスホテル東京 | 123,806円 | 45㎡ | 2,751円 |
表1 某OTAによる宿泊施設の価格一覧(上位ホテルの抜粋)
出典:某OTAホームページより、筆者作成。
-
※1
2食付き
-
※2
1棟貸し/素泊まり
-
※
特記以外は朝食付き。/広さは小数点以下切り捨て。(いずれも表2も)
軒並み海外ブランドの施設に席巻されていることが理解できるだろう。1位のAuberge TOKITOは2食付きであり、4位のクワイエットTOKYOは1棟貸しということを踏まえると、ホテルとしては13位のパレスホテル東京が国内ブランドとしては初めての登場となる。
また、ここで注目すべきは1㎡辺りの価格であり、2千円台後半から高いところでは4千円台にもなっている。
| 順位 | 施設名 | 価格 | 広さ | ㎡辺り価格 |
|---|---|---|---|---|
| 23 | The Okura Tokyo | 86,526円 | 48㎡ | 1,802円 |
| 67 | セルリアンタワー東急ホテル | 49,817円 | 28㎡ | 1,779円 |
| 80 | 帝国ホテル東京 | 48,730円 | 30㎡ | 1,624円 |
| 87 | 京王プラザホテル | 41,426円 | 23㎡ | 1,801円 |
| 105 | 小田急ホテルセンチュリーサザンタワー | 33,093円 | 19㎡ | 1,741円 |
| 121 | ロイヤルパークホテル | 32,382円 | 26㎡ | 1,245円 |
| 168 | 第一ホテル東京 | 26,700円 | 27㎡ | 988円 |
表2 某OTAによる宿泊施設の価格一覧(国内資本・国内ブランドホテル)
他方、国内資本のホテルに目を転じると、多くが1㎡辺りの価格は1,000円台であり、中には1,000円を切る施設もある。
この差が、まさに海外ブランド/海外チェーンの強さを示す一例なのである。本稿では、この理由について、マーケティング的な見地から検討したい。
実際のビジネスはマーケティングだけで成り立つものではなく、経営戦略や組織のあり方、会計からのアプローチも重要なことはいうまでもない。しかし、こと「お客さまとの関係」という視点からすると、マーケティング論で検討するのがもっとも適合性が高い。
その理由は、実はマーケティング論とは、市場との「関係」を軸として検討する学問体系だからである。
マーケティングというと、どうしても販売促進や市場調査などのイメージを抱く方が多いかもしれない。それらも確かにマーケティングの一部を構成しているのであるが、本来的なマーケティングとは、対象となる市場(企業であればお客さま)をその特性によって複数のグループに分け(これを市場細分化という)、それぞれのグループごとにいかに関係性をマネジメントするかを追求する学問体系なのである。その意味では、海外チェーンがこれだけわが国で広まったということは、それぞれのチェーンが市場との関係性マネジメントに成功したともいえるだろう。
実際のビジネスでよく用いられるのが、切り分けた市場それぞれに対して、どのような製品で(Products)、どれくらいの価格で(Price)、どのような流通経路を通じて(Place)、どのようにして知ってもらうか(Promotion)を適切に組み合わせるという、4Psすなわちマーケティング・ミックス戦略である。
ここで、ホテルが提供している製品とはなにかといえば、ロビーや客室といった空間はもちろんだが、それ以外のさまざまな人的サービスも含むことになる。ドアスタッフからのお声がけやチェックイン時のやり取りにホスピタリティを感じることも、製品を構成しているのである。しかし、サービスは無形であり、一度でも経験してみないとその特性などは把握できないことが多い。その際に重要となるのが、「ブランド」である。
ブランドは一般的に、他の製品との識別に役立つ。多様な製品の特性を象徴的に示すことで、物理的な空間のみならず、無形のサービスをも象徴することになるのである。
日本では、鉄道会社がホテル展開に熱心なため、鉄道会社名がブランドに含まれているケースも多い。航空会社や不動産会社でも同様である。しかし、海外の例をみれば、パン・アメリカン航空が設立したインターコンチネンタルホテルや、エールフランスが設立したル・メリディアンなど、親会社名はブランドに出てきてはいなかった。
この話を踏まえると、ここでポイントとなるのは、1990年代以降、世界的なホテルチェーンの再編が続いた際に、被買収企業が持っていたブランドが残されたことである。現在はマリオット傘下にあるウェスティンやシェラトンも、かつてはそれぞれ単体で大手のチェーンであった。スターウッドに買収されて傘下入りしたが、それでもブランド名は残されたのである。さらにスターウッドをマリオットが買収しても、ほとんどのブランド名は、現在でも用いられている。
このことは、それぞれのチェーンが培ってきた顧客との関係性を、買収後も維持することに繋がった。そして、2000年代以降のIT技術の発展とあいまって、顧客組織(会員組織)が重要な位置を占めることになった。宿泊数や利用金額に応じた会員ステータスの付与と、ポイントの獲得による無料宿泊の提供が、きわめて大きな集客力を発揮することになったからである。
世界的なチェーンには、リッツカールトンやセントレジス、ウォルドーフ=アストリア、シックスセンシズといった特徴的なラグジュアリー・ブランドがある(表3)。その多くは当該チェーンが買収したものであるが、もともとそれぞれに熱烈なファンがいた。買収後は、加えて、価格帯では下に位置するブランドの利用者も、ポイントを貯めることで、こうしたブランドの施設も経験できることになったわけである。
| カテゴリー | ラグジュアリー | フルサービス |
|---|---|---|
| 特徴 | オリジナルプログラムと卓越したサービスで旅に命を吹き込むホテル | 洗練さ入れたダイニング、フィットネス、会議を体験できる、細部まで行き届いたデザインのホテル |
| ブランド | EDITION THE RITZ-CARLTON THE LUXURY COLLECTION ST. REGIS W HOTELS JW MARRIOTT |
MARRIOTT SHERATON DELTA HOTELS WESTIN MERIDIEN RENAISSANCE HOTELS AUTOGRAPH COLLECTION HOTELS TRIBUTE PORTFOLIO DESIGN HOTELS THE MARRIOTT VACATION CLUBS GAYLORD HOTELS MGM COLLECTION Outdoor Collection |
表3 マリオットのブランド(抜粋)
出典:同社ホームページを参考に筆者作成。
他産業に目を向けると、エアラインは、合併した際に被買収企業の名前が消えることがほとんどであった。米国の大手航空会社だったパンナムもノースウエストも、そしてトランスワールドも今はない。わが国でも、日本エアシステムは日本航空と合併してブランドは消滅した。
しかし、ホテルは買収されても、ブランド名が残っている。それだけ細かく市場を細分化し、それぞれの市場セグメントとの関係性を意識している証左といえよう。この点だけをみても、わが国のホテル企業におけるマーケティング力の弱さが端的に示されている。
筆者紹介
徳江 順一郎(とくえ じゅんいちろう)
東洋大学 国際観光学部 准教授
上智大学経済学部経営学科卒業、早稲田大学大学院商学研究科修了。
大学院在学中に起業し、飲食店の経営やブランディングのコンサルテーションを手がけつつ、長野経済短期大学、高崎経済大学、産業能率大学、桜美林大学などの非常勤講師を経て2011年に東洋大学に着任。専門はホスピタリティ・マネジメント論,マーケティング論。多くの団体・企業などで顧問を務める。編著書は、『ラグジュアリー・ホスピタリティ』『ホスピタリティ・マネジメント』(同文舘出版)、『アマンリゾーツとバンヤンツリーのホスピタリティ・イノベーション』(創成社)、『サービス&ホスピタリティ・マネジメント』(産業能率大学出版部)など。
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