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宿泊産業におけるホスピタリティとマーケティング(1):宿泊産業の現状ホテル業界コラム

2000年代半ば以降の「観光立国」を目指す国是のもと、外国人来訪者数は増加の一途をたどっており、2025(令和7)年にはついに4,000万人を超えるに至った。こうした環境下で、宿泊施設の開業も相次いでいる。例えば東京都の宿泊施設のうち、主たる存在といえるホテルと旅館の軒数は1970年代をピークに減少傾向にあったが、ここ10年弱の間に激増し過去最高となっている(図1)。なお、わが国の宿泊施設を規定する法律である旅館業法が2017年に改正されたことから、2018年からはホテルと旅館との合算である。

図1 東京都におけるホテルと旅館の軒数推移(1952年~2024年)
​出典:厚生労働省・衛生行政報告例

こうした面だけを眺めていると、「おもてなし」の国わがニッポンの「観光立国」化は着実に進んでいるようにも思えるかもしれない。しかし、その背後には多くの問題があることを指摘せざるをえないのが現実である。巷では、「オーバー・ツーリズム」などがしばしば問題とされるが、本稿では宿泊産業における問題点を指摘したい。

まず、確かに東京都では宿泊施設が「激増」といえるレベルで増えているが、全国で見ると様相が異なってくる点に注意が必要である。実は、日本全体の宿泊施設数は、2018年以降、約50,000軒前後で横ばいなのである。
​さらにいえば、1998年から2023年の四半世紀で眺めると、宿泊施設数が増加した都府県は、沖縄県、東京都、大阪府だけである。そして京都府がこれに次いでいるが、実は1998年比で79.9%と減少している。なお、半分以下に減ってしまった県もあり、静岡県、愛媛県、高知県、和歌山県、徳島県、香川県、山口県、青森県が該当する。

図2 1998年から2023年までの都道府県宿泊施設増減率(50%未満の県と上位4都府県)
​出典:厚生労働省・衛生行政報告例

すなわち、宿泊施設数だけからみると、一部の都府県を除いては、わが国の宿泊産業は、むしろ衰退しているとさえいえるのである。

そして、新規に開業した施設、それも特に高価格帯の施設は、いわゆる「外資系」ばかりになっている点も問題である。ただ、実は「外資系」といっても、純粋に海外資本の企業が経営する施設と、海外資本のホテルチェーンのブランドが冠されている施設に大別される。
​例えば、ザ・ペニンシュラ東京は、香港上海有限公司という香港資本の会社の子会社が、三菱地所から土地を借り、自前の建物を所有して経営している(かつては建物も賃借していた)。他にも、ザ・リッツカールトン東京やマンダリンオリエンタル東京なども同様である。
​一方で、ブルガリホテル東京は、実際には三井不動産の子会社である三井不動産リゾートマネジメントという会社が経営をしており、ブルガリホテルを傘下におさめるマリオットに運営を委託している。これは、ブランド名を使わせてもらい、実際のオペレーションを、総支配人や部門長といった責任者を派遣してもらうことなどによって実現するものである。そのため、現場でお客さまの対応をするのは、マリオットではなく三井不動産リゾートマネジメントの「社員」ということになる。これを運営受委託方式(マネジメント・コントラクト:MC)という。この方式は広範に使われており、パークハイアット東京(東京ガス)、グランドハイアット東京(森ビル)などが該当する(カッコ内は経営会社の親会社)。なお、フォーシーズンズホテル東京大手町も同じ枠組みだが、同館も三井不動産リゾートマネジメントが経営している一方で、フォーシーズンズホテル丸の内東京は香港資本の会社が経営している。

フォーシーズンズホテル東京大手町のパノラマ・スイート(写真はすべて筆者撮影)

こうした、いわゆる「外資系ラグジュラリーホテル」は、1990年代から増え始めたが、これを「海外ブランドのホテルがたくさんできた!」などと喜んでばかりはいられない。なぜなら、せっかくインバウンドで増えた宿泊客が支払ったお金の一部が、再び海外に出ていってしまうからである。
​逆に、海外の「メガ・ホテル・チェーン」とも呼ばれるチェーンの本拠地がある国は、自国にインバウンドが増えなくても「観光立国」が実現できているともいえよう。事実、世界最大級のチェーンであるマリオットは、全世界に10,000軒のホテルを持ち、2億人を超える会員を抱え、260億ドル(2026年6月時点で4兆円以上)という売上を誇っている。
​もちろん、逆にわが国のホテル企業が海外で同様の展開ができているのであれば、わが国の「おもてなし」が海外に通じた証拠にもなり、喜ぶべきことなのかもしれない。しかし、海外に本格的に展開している企業は、ホテルオークラや日航ホテルを展開するオークラニッコーホテルマネジメントくらいで、あとは限定的な展開に留まっているのが現状である。特に、ホテルオークラを含む「御三家」のうち、もっとも伝統と格式がある帝国ホテルは、帝国ホテル大阪を開業以来、30年ぶりに京都に施設を開業した程度である。

ホテルロイヤルニッコー台北のコーナースイート

しかし、あまり知られていないが、1990年代から2000年代にかけて、帝国ホテルはバリ島に進出していた。また、メガ・ホテル・チェーンの一角を占めるインターコンチネンタル・ホテルズも、かつては日本のセゾングループ傘下であった。現在ではマリオットの一ブランドになっているウェスティンも、青木建設という日本企業がオーナーであった。EUROMONEYやINSTITUTIONAL INVESTORといった一流経済誌が主催するホテルランキングで、日本のホテルが上位を占めていた時代もあった。

つまり、この30年で、日本のホテル企業は、特に高価格帯においてその存在感を大きく低下させ、世界的なプレゼンスを失い、「日本ローカル」の企業になってしまったのである。そして、海外のホテル企業にコストを支払いながら、増加するインバウンドを受け入れているということになる。このような現状になってしまった理由について、次回以降、具体的な例を交えつつ述べていきたい。

筆者紹介

徳江 順一郎(とくえ じゅんいちろう)

東洋大学 国際観光学部 准教授
​上智大学経済学部経営学科卒業、早稲田大学大学院商学研究科修了。
​大学院在学中に起業し、飲食店の経営やブランディングのコンサルテーションを手がけつつ、長野経済短期大学、高崎経済大学、産業能率大学、桜美林大学などの非常勤講師を経て2011年に東洋大学に着任。専門はホスピタリティ・マネジメント論,マーケティング論。多くの団体・企業などで顧問を務める。編著書は、『ラグジュアリー・ホスピタリティ』『ホスピタリティ・マネジメント』(同文舘出版)、『アマンリゾーツとバンヤンツリーのホスピタリティ・イノベーション』(創成社)、『サービス&ホスピタリティ・マネジメント』(産業能率大学出版部)など。

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