現場の知識・経験をAIが引き継ぐ:製造業における生成AI活用の最前線コラム
公開日:2025年2月26日

製造業においては、近年、少子高齢化による労働人口の減少やグローバル競争の激化により、人手不足や生産性向上の課題に直面しています。IoTや自動化技術の導入が進む一方で、それを活用するための専門知識を持つ人材が不足しているのが実情です。
また、熟練技術者の引退により、ノウハウが失われるリスクが高まり、知識の継承が重要な課題となっています。これらの課題に対して、生成AIを活用することで、効率的な知識・経験の継承や生産性向上が期待できます。
はじめに
製造業を取り巻く現状と課題
近年、製造業を取り巻く環境は大きな変化を迎えています。特に、少子高齢化による労働人口の減少やグローバル競争の激化により、各企業は人手不足や生産性向上の課題に直面しています。また、IoTや自動化技術の導入が進む一方で、それらを活用するための高度な専門知識を持つ人材が不足しており、現場の生産効率に悪影響を与える場面も少なくありません。
さらに、現場の課題解決に欠かせない熟練技術者の引退が増加し、長年にわたって培われたノウハウが組織全体に共有されないまま失われるリスクが高まっています。その結果、「どうすれば業務知識を新しい世代に効率よく引き継げるか」という課題は、製造業において喫緊の課題となっています。
ベテラン技術者の知識と経験が求められる場面
製造業では、日々の生産活動の中で多種多様な場面において熟練技術者の知識と判断力が求められます。たとえば、生産ラインでのトラブル発生時には、迅速に状況を把握し、的確な対処を行うスキルが必要です。こうした判断力は、多くの場合「経験則」に基づいており、単なるマニュアルでは補いきれないものです。
また、新製品の立ち上げ時には、工程設計や試作品の評価、トライ&エラーを繰り返しながら最適な製造プロセスを確立する必要があります。これらの業務も、長年の経験を持つベテランの存在が不可欠です。
そして、若手技術者の数や経験が不足している現状では、ベテラン技術者に頼りきりになる構図が続いています。
加えて、製造プロセスは現場ごとに異なる特性を持つため、業務知識を共有する際には各現場に応じた柔軟な対応が求められます。これにより、標準化と個別対応を両立させる知識管理が難しくなり、属人化が問題となっています。
生成AIを活用したソリューションへの期待
こうした課題を解決する有効な手段として注目されているのが、生成AIとRAG(Retrieval-Augmented Generation)の活用です。生成AIは、大量のデータをもとに自然言語処理を行い、質問に対する回答を生成する能力を持ちます。特にRAGは、外部のデータベース からも必要な情報を検索し、それを組み合わせて回答を生成する仕組みであり、従来型のチャットボットよりも的確で高度な情報提供が可能です。
製造現場においては、生成AIを活用してベテラン技術者の知識を体系化・データ化することで、次のような効果が期待されます。
-
効率的な人材育成
現場の作業者がAIに質問することで、従来であればベテラン技術者を呼び出さなければ対応できなかった問題にも、即時対応が可能になります。
-
トラブル発生時の迅速なサポート
ベテランのノウハウをRAGとして活用することで、新人教育に必要な情報を適切に提供し、実務に即した学習体験をサポートします。
-
ナレッジの継承と標準化
技術者ごとに異なる情報を一元化し、現場ごとのカスタマイズを保ちながら全体のナレッジを管理することができます。
生成AIを活用することで、熟練者の引退による技術喪失リスクを最小限に抑えることができ、人材不足問題の解消も期待できます。また、製造業の現場に蓄積された経験をデジタル化し、誰もがその知識を即座に活用できる仕組みは、今後の競争優位を築くための重要な要素となるでしょう。
生成AIとRAG(Retrieval-Augmented Generation)の概要
生成AIとは何か
生成AIとは、機械学習モデルを活用して新しい情報や文章を生成する技術です。従来のAIが定型パターンに基づいて処理するのに対し、生成AIは文脈を理解し、自然な文章を生成できます。代表例として大規模言語モデル(LLM)があり、複雑な質問にも柔軟に対応できる点が特長です。
この技術は製造業において、業務改善の可能性を広げ、特にトラブル対応やナレッジ管理の分野で迅速かつ的確なサポート手法として注目されています。
RAGの仕組みと特徴
RAG(Retrieval-Augmented Generation)とは、生成AIの一種であり、情報検索(Retrieval)と生成(Generation)を組み合わせた手法です。従来の生成AIモデルは、内部に学習したデータをもとに回答を生成します。一方、RAGは外部のデータベースやドキュメントを参照し、その情報を活用して応答を生成します。
RAGの仕組みは大きく以下の2つのステップで構成されています。
-
情報検索(Retrieval)
質問に関連する情報を、事前に用意したデータベースやファイル群から検索し抽出します。このとき、情報源は設計次第で社内マニュアルや報告書、ナレッジベースなど多岐にわたります。
-
応答生成(Generation)
抽出された情報をもとに、生成AIが自然な文章として回答を作成します。このプロセスにより、より正確かつ関連性の高い回答を提示することが可能となります。
RAGの大きな特徴に、①AIの回答精度が参照する外部データの品質に依存する、②定期的な情報の更新や追加が行いやすい、という点があります。また、情報の出典が明確なため、「どの資料に基づいて回答されたのか」を参照することができ、透明性の高いナレッジ活用が可能となります。
またRAGは、従来のチャットボットやFAQシステムより柔軟で応用範囲が広い技術です。チャットボットはシナリオに基づいて応答するため想定外の質問には対応が難しく、また、FAQシステムは登録された質問と回答の組み合わせに依存します。しかし、生成AIであれば、文脈を理解し、異なる表現の質問にも最適な回答を生成できます。RAGは検索結果を組み合わせて新しい回答を生成することができ、情報更新も容易なため、製造現場のように変化の多い環境に適しています。これにより、知識共有やトラブル対応が効率化され、生産性向上が期待できます。
製造業における生成AI活用の具体的シナリオ
知識をデータ化するプロセス
ナレッジの収集方法(ドキュメント化、熟練者へのインタビューなど)
製造業において生成AIを活用するには、現場で使われるドキュメントや個人の経験則を適切に収集し、データ化することが重要です。主な収集方法としては以下の手法があります。
-
ドキュメントの収集
製造業の現場で使われるマニュアル、手順書、トラブル対応報告書、作業記録など、多くの重要な情報を含むドキュメントは、有用なデータソースとなります。情報が手書きメモである場合は、情報のデジタル化を 行う必要があります。
-
インタビューによる情報収集
熟練技術者が持つ「暗黙知」を可視化するためには、インタビュー形式の情報収集が効果的です。現場の具体的な事例や作業の判断基準を聞き出し、それを整理してテキスト化することで、ドキュメント化されていない貴重な知識を蓄積することができます。
データベース構築と情報の分類
ナレッジを効果的に活用するためには、収集した情報をデータベース化し、適切に分類する必要があります。データベースの構築には以下のポイントが重要です。
-
情報のカテゴリ分け
RAGは蓄積した情報に対して以下のようなカテゴリ分けを行い、質問に対して該当するカテゴリから情報を検索します。これにより、迅速に応答を生成できるようになります。
例:
- トラブルシューティング
- 製造プロセス、メンテナンスの標準手順
- 新人教育用資料
-
検索効率を高めるタグ付け
データベース内の情報に「溶接工程」「不良品発生時の対処」「品質検査」等の具体的なタグを付与することで、検索効率を高め、精度改善が期待できます。
このように構築されたデータベースは、RAGを活用する際の基盤となり、生成AIによる適切な情報提供を実現するための重要な役割を果たします。
生成AIによる人材育成と現場サポートの効率化
製造業の人材育成や現場対応では、過度なベテラン技術者への依存から脱却し、生成AIとRAGを活用した効率化が進んでいます。トラブル事例を活用したシミュレーションや手順指導、反復練習の支援が可能となり、教育期間の短縮や担当者の負担軽減が期待できます。
さらに、現場ではトラブル発生時にAIが即時で適切な情報を提供できれば、対応時間の短縮や生産性が向上する可能となるでしょう。これらの活用例は、柔軟で効率的な教育と支援の新たな形への示唆に富んでいます。
生成AI導入における課題と成功へのポイント
生成AIを効果的に導入するためには、いくつかの課題を乗り越え、成功へと導くポイントを押さえる必要があります。
-
データの品質管理を徹底する
生成AIの精度は、使用するデータの品質に大きく依存します。不正確な情報や古いデータが含まれていると、誤った回答を生成し、現場の混乱を招く恐れがあります。そのため、データの正確性や更新頻度を管理し、信頼性の高い情報源を確保することが重要です。また、不要なデータや重複情報の整理も、品質向上に寄与します。
-
ベテラン技術者の協力を得る
ナレッジのデータ化には、ベテラン技術者の協力が欠かせません。しかし、現場業務で多忙なベテランに協力してもらうためには、メリットを明確に示し、手間を軽減する工夫が必要です。具体的には、インタビュー形式で知識を引き出したり、現場で簡単に情報提供ができる仕組みを整備したりすることが効果的です。また、技術者の意見を反映し、「自分たちの知識が組織全体の価値向上につながる」という認識を持ってもらうことも重要です。
-
組織の生成AIリテラシーを向上させる
生成AIを現場に定着させるには、現場作業者や管理者がその仕組みを理解し、適切に使いこなせる環境を整える必要があります。導入時に、研修やマニュアルを用意し、生成AIの機能や使い方、活用事例を知ってもらうことで抵抗感を減らせるでしょう。また、日々の業務でAIを活用する体験を通じて、生成AIの利便性や有効性を実感できる仕組みを作ることがリテラシー向上につながります。
これらのポイントを押さえることで、生成AIの導入効果を最大化し、組織全体の業務効率化と知識活用の推進が期待できます。

生成AI活用による成果と今後の展望
生成AIの導入により、製造業の現場では、教育時間の短縮、トラブル対応力の向上、業務効率化などの成果が得られています。人的リソースの不足が課題となっていた現場でも、生産性の向上が実現しています。
生成AIの技術は進化を続けており、今後はより高度な意思決定支援や予測業務への応用が期待されています。たとえば、生産工程の異常予兆検知や品質改善案の自動提案、複数部門間の情報連携の効率化など、多様な業務プロセスに生成AIを活用する動きが進んでいます。
また、製造業だけでなく、設計支援やサプライチェーン管理への適用など、業務全体を横断する形での活用も視野に入っています。特に、生成AIがユーザーのフィードバックを学習し、より適切な回答や提案を行えるようになることで、システムの利便性はさらに向上するでしょう。
生成AIのさらなる進化により、新たな業務効率化の可能性が広がっています。今後も、製造業のデジタル変革を加速させる重要な要素として、注目され続けるでしょう。
筆者紹介

佐野 祐太郎(さの ゆうたろう)
キヤノンITソリューションズ株式会社
デジタルビジネス統括本部
<略歴>
2019年からキヤノンITソリューションズで勤務。
前職の印刷会社では、RFIDタグ、ICカードの開発に従事。
現在は、これまでのものづくり現場での経験を活かして製造業のお客様をメインにデータ利活用支援を行う。
関連するソリューション・製品
- AI(人工知能)
- AIの活用が進み、AIを使ったソリューションが身近になる一方、実用化にまで至らないAIプロジェクトも数多く存在します。
キヤノンITソリューションズでは、長年にわたるSIerとしての経験と業務知識、さらにはR&D部門での研究によって得た知識や、商品開発の技術を駆使して、お客様の課題解決にAIを活用した支援を行います。