金融インフラが提供する新たな価値

  • 対談

経営管理から業界全体のSDGs貢献まで支えるデータ利活用基盤

(写真左)
株式会社日本カストディ銀行
代表取締役社長
田中 嘉一 氏
Yoshikazu Tanaka

(写真右)
キヤノンITソリューションズ株式会社
上席執行役員
金融・社会ソリューション事業部門担当
須山 寛
Hiroshi Suyama

日本カストディ銀行は、有価証券の保管、決済や管理事務など資産管理業務に特化した銀行だ。日本トラスティ・サービス信託銀行と資産管理サービス信託銀行が合併して、2020年に日本カストディ銀行として発足した。
同行はキヤノンITソリューションズをパートナーとして、システム統合と同時にデータ活用やSDGsへの取り組みを進めている。日本カストディ銀行代表取締役社長の田中嘉一氏に、キヤノンITソリューションズ上席執行役員の須山寛が、金融インフラとしての同行の取り組みの核心を尋ねた。(以下、敬称略)

データを主体に捉えて合併後のシステム統合を推進

田中 嘉一

株式会社日本カストディ銀行
代表取締役社長
田中 嘉一
Yoshikazu Tanaka

日本カストディ銀行について、教えてください。

田中日本カストディ銀行は、国内で機関投資家などによる有価証券取引の約7割を担っています。極めて高い市場シェアと600兆円ほどの資産を管理することから、グローバル資本市場に大きな影響を与える金融インフラを担う銀行です。

 合併によって基幹系システムの統合を順次進めていますが、経営の根幹となる経営管理系データの在り方に大きな違いがありました。また、上流となる基幹系システムが順次統合されることにより、必要なデータの再定義、収集、活用の仕方など極めて難しい課題に直面することになりました。

須山キヤノンITソリューションズは、日本カストディ銀行の前身の資産管理サービス信託銀行時代からお付き合いがありました。また、田中社長が三井住友信託銀行のCIOだった頃から懇意にさせていただいていたこともあり、日本カストディ銀行のシステム統合のプロジェクトにお声掛けいただくことになりました。

システム統合に対する考え方を教えてください。

田中2社が保有しているデータをいかに今後の経営管理に必要な情報に変換していくかが課題だと考えました。そこで、上流のシステム統合が生成する多様なデータを経営の側から自由に利活用できる「データハブ」を構築することにしました。データハブ構築について、複数のSIerなどからシステム構築の提案を受けたところ、ほとんどの提案は、加工されたデータの見栄えを整えて上手に利用する内容でした。その中でキヤノンITソリューションズだけがすべてのデータをリザーバー(貯蔵庫)に蓄えて必要に応じて情報を加工して提供するという提案をしてきました。経営管理系の情報分析は常に進化し、高度化していくものですので、一目見て、このソリューションこそが、日本カストディ銀行が導入するものにふさわしいと判断しました。加えて、プロジェクト推進のための人材についてのご提案があったこともあり、キヤノンITソリューションズには、PMO(Project Management Office)としてデータハブ構築に関わってもらうことにし、日本カストディ銀行のユーザーの声を吸い上げていただくこともお願いしました。

須山システム統合という大きな開発案件の1つの中核技術であるデータハブ構築のPMOとして、方向性を一緒に決めていきました。日本カストディ銀行には300ものアプリケーションがありました。データのリザーバーとなるハブシステムを構築することで、各アプリケーションが持つデータを統合して利活用できるようにする方向性でプロジェクトが始動しています。

企業システムは何がしたいかが主眼 何ができるかを目的にしない

須山 寛

キヤノンITソリューションズ株式会社
上席執行役員
金融・社会ソリューション事業部門担当
須山 寛
Hiroshi Suyama

データハブが出来上がると、どのようにデータを利活用できるのでしょうか。

田中データは、企業経営をする上で最も重要な情報です。ところがデータ利活用に向けた国内の企業の様子を見ると、担当者にとって便利なようにシステムが導入されているように思います。例えば、見栄えの良いチャートを自動生成するとか、報告書にそのまま使えるようなスプレッドシートが生成できるとか──。私はそのような見栄えは後から考えればよいと思っています。データの利活用は経営が考えることです。社長や頭取が知りたいこと、したいことを速やかにデータ取得し、分析し、経営に活用する。言い換えると経営に直結するBIであるべきなのです。日本カストディ銀行では、どのようなデータを保有していて、経営に必要なデータは何かを、経営陣自らがしっかり定義する必要があると強く認識しています。また、こうしたプロセスを通じて経営に必要なデータを定義することで、社長が変わっても、経営の根幹に関わるデータを常に利活用でき、ダイナミックな経営を継続することができると考えています。

須山確かに日本の企業は、ツールの選定や導入に意識が向かい、データそのものに目が届いていない傾向があります。ツールを導入しても、データがないから分析できないといったことが起こっているのです。

 田中社長は、まずデータを収集し、蓄積することを主眼にデータハブを構築し、分析は後からできるという考え方を提示してくださいました。キヤノンITソリューションズとしても田中社長とお話しする中で、加工済みのデータでは必要な分析ができず、生データ(Raw Data)を収集・蓄積することの意義に改めて気づかされた思いです。

田中社長は、三井住友信託銀行のCIOや住信SBIネット銀行の社長を歴任されています。いつ頃からシステム部門との関わりがあったのでしょう。

田中システムのエリアに携わるようになったのは2006年です。SBI住信ネットバンク設立準備調査会社の社長に就任し、その心臓部であるシステムと事務構築に突撃隊長として先頭を走りました。いろいろありましたが、1年半で開業することができました。それまでシステムには全く携わっていませんでしたが、そのときに思い知ったのは「システムではなく、ビジネスが重要」ということです。言い換えると、何がしたいかが重要であり、何ができるかではありません。システムは銀行の顧客サービスを向上させる1つの手段であって、目的化してはいけないのです。

具体的にはどのような取り組みをなさいましたか。

田中例えば、お客さまにとって通帳は必要かを考えました。必要なお客さまもおられるが、不要な方も多いわけです。通帳も届出印もなくせば、来店せずに3日後には新規口座を使うことが可能になるアイデアが社内で創造されました。本人確認はといえば、当時新規にサービスが開始された日本郵便の本人限定受取を使えば来店されず、書類のやりとりもなく、使いたいと思ったら最短で預金口座ができる。このようなニーズのお客さまが多いと判断して、システム開発会社と社内の頭脳を結集してサービス化し、リリースをしました。結果、猛烈な勢いで預金口座が増えました。要するに預金口座を簡単に、早く開設したいということがお客さまのニーズであるならば、そのためにシステムも事務も合わせるわけです。このITツールを使うから、このサービスが出来上がるというのは、そもそも順番が間違っていると思います。

須山ITベンダーの立場から見ても、DXを実現するには新しいテクノロジーの活用が不可欠といった潮流を感じます。しかし、今のお話のように、金融機関のシステムは先端のテクノロジーだけで成り立つものではなく、業務を改革できる手段ならば古いテクノロジーを活用することもDXなのだと感じます。

メインフレームを2040年まで使う宣言の意味

日本カストディ銀行では、基幹システムにメインフレームを使い続けるという選択をなさいました。

田中勘定処理を行う巨大なレガシーシステムとして、IBMのZシリーズを2040年まで使い続けることを決めました。データ処理に適したプログラミング言語のPL/I、トランザクションデータベースのIBM情報管理システム(IMS)など、Zシリーズの周辺のソフトウェアも継続使用します。今後、メインフレームなどは使うべきではないという考え方もあるようですが、弊社は使い続けることにメリットがあると判断しました。そして弊社が使い続けることをコミットしたことで、IBMも2040年までのサポートを確約してくれたのです。

須山基幹部分をしっかり守っていくということは大切ですね。基幹システムを支えるメインフレームのように、従来の技術による守りがあるから、攻めの投資や技術利用が可能になるのだと思います。守りの大切さを感じるお話です。

既存の技術を使い続けることで、どんなメリットがありますか。

田中ZシリーズのホストやPL/I、IMSは、業界では「延命策」でしかないといわれます。でもそれは違うと思います。システムを利用する限りは相応の投資をするのですから、何もせずに単に延命するのは戦略ではないと思います。戦略にするにはどうしたらより良く延命することが出来るかを考える必要があります。弊社ではソフトウェアの更新やメインフレームのハードウェア構成の最適化をしたところ、コストは変わらずに処理能力が2倍になりました。単なる延命ではなく、既存のテクノロジーを有効に活用する手段を講じれば、TCO(総保有コスト)の引き下げもできるのです。一方で、情報系システムなどは、クラウドの活用なども活発に進めるなど、EAの最適化を思い切って進めています。

須山ITベンダーでも延命策に対応するビジネスは存在します。しかし、将来が不透明な技術には投資できませんから、エンジニアを育てることはできず、枯れていくだけになります。日本カストディ銀行のように、Zシリーズを2040年まで使い続けるという決断をして、そこからバックキャストして物事をお考えになるのは、まさに田中社長らしいと感じました。そう宣言することでメーカーもITベンダーも投資が可能になります。人材を育てて、より良いシステムを使い続けることができるわけですね。

顧客に対してのサービス向上にもつながるのでしょうか。

田中弊社として絶対に守るべきことが2つあります。1つは「お預かりした資産を安全確実に確保すること」、もう1つが「決済を確実に行うこと」です。

 安全確実に資産を確保するためには、セキュリティを強化しなければなりません。メインフレームは外部からのデータの改ざんは容易ではありませんし、できません。また、災害や障害時に対する耐性も十分に備わっています。大事な勘定元帳を守るという意味では、メインフレームを使い続けることそのものがメリットなのです。一方、決済を確実に行うためには、システムを止めないように冗長性等を確実に備えることが求められます。この分野もメインフレームであればシステム運用の膨大なスキルの蓄積があり、また、分散系システムよりも高い信頼性があります。申し上げたいのは、メインフレームを継続使用することで、お客さまに最大の価値を提供できるということです。

須山新しい技術も魅力的ですが、例えばそれを支えるベンチャー企業が3年後、5年後に確実に存在するかは未知数です。金融インフラとして、20年、30年と利用してもらうには、私たちITベンダーの側も人材育成や戦略が必要になります。アプリの華やかさよりも、堅固なインフラの重要性を強く感じるようになってきました。キヤノンITソリューションズは住友金属グループのインフラ分野のSIが1つの底流にあり、私たちのしてきたことは間違っていなかったのだと感じています。

* エンタープライズアーキテクチャー。企業などがシステム構築の際に基準とする組織全体の設計思想のこと

一銀行としてのSDGsへの取り組みが金融インフラとして波及効果をもたらす

SDGsの側面から、日本カストディ銀行の取り組みをお聞かせください。

田中日本カストディ銀行は、多くの機関投資家や個人投資家の資産管理を担っています。600兆円という資産残高からして、どれほど多くの資産が日本カストディ銀行で管理されているかがお分かりいただけると思います。言い換えれば、多くの取引を束ねる金融インフラとしての役割を果たしていると思っています。そうした位置づけであることは、SDGsの側面でも大きな意味を持っています。日本カストディ銀行は2022年7月から紙のレポートを廃止して、フル電子化できるようにシステムを作り変えました。ペーパーレスは、SDGsの目標「12.つくる責任 つかう責任」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」などに貢献します。日本の年金基金等の7割の資産を管理している金融インフラである弊社がフル電子化を進めれば、波及効果も含めるとかなりの規模の効果が得られると考えています。日本カストディ銀行を使っていただくことで、ビジネスの上流から下流まで自動的にSDGsに貢献できるようなサービスを作っていく考えです。

須山金融インフラの影響力がとても大きいことを実感します。キヤノングループはドキュメント関連が得意なのでレポートのお話に興味を持ちました。既存のレポートから1枚紙を減らすだけでも、すべての管理資産のレポートの数を考えると大きな効果が得られます。金融インフラとしての取り組みが、大きな波及効果をもたらすことがよく分かりました。

統合する新システムのデータの利活用から、SDGsにつながる側面はありますか。

田中新システムのデータハブを活用すると、帳票の印刷の状態も分かりますし、すべてのトランザクションのデータや、メモリの使用量も分かるようになります。今、そのデータを活用するかどうかは考えなくても、後に必要になったときにデータを見れば印刷の無駄が把握でき、廃棄物の削減などによるSDGsの実現に貢献できます。社会への影響が大きな無駄から優先して取り除いていくためにも、データの価値は大きいのです。

須山SDGsの観点からも、いかにビジネスを安心安全に持続できるかは大切です。その中核に、キヤノンITソリューションズが開発に関わっているデータハブがあり、金融インフラとしてのサービスに付加価値を提供するだけでなく、SDGsへの取り組みを進めるための基礎データも取れるのですね。日本カストディ銀行の取り組みが金融業界全体に向けたSDGsへの波及効果を広げるために、キヤノンITソリューションズもパートナーとして引き続き貢献していきたいと考えています。

田中 嘉一

田中 嘉一(たなか・よしかず)

1981年大阪大学法学部卒業後、住友信託銀行入行。2006年SBI住信ネットバンク設立準備調査会社社長、2007年住信SBIネット銀行社長、2010年三井住友信託銀行常務執行役員、2012年三井住友トラスト・ホールディングス常務執行役員、2015年三井住友トラスト・ホールディングス専務執行役員、三井住友信託銀行専務執行役員。2018年日本トラスティ・サービス信託銀行社長、同年JTCホールディングス副社長、2020年3月日本カストディ銀行副社長を経て、2021年より現職。

須山 寛

須山 寛(すやま・ひろし)

1995年株式会社アルゴテクノス21(現キヤノンITソリューションズ株式会社)入社。2016年SIサービス事業本部金融事業部長。2020年金融ソリューション事業部長、同年執行役員。2022年金融・社会ソリューション事業部門担当、同年上席執行役員に就任。

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。