クラウドはイノベーションのプラットフォーム

  • 対談

クラウドの進化とサービスの多様化により、企業のDXが加速する

(写真左)
アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社
代表取締役社長
長崎 忠雄 氏
Tadao Nagasaki

(写真右)
キヤノンITソリューションズ株式会社
取締役 常務執行役員 ITサービス事業部長
笹部 幸博
Yukihiro Sasabe

「インターネット通販の巨人」から「クラウドの巨人」へ――。米アマゾン・ドット・コムは、アマゾン ウェブ サービス(AWS)により、クラウド時代の幕を開けた。さまざまなクラウドサービスが登場する中、AWSはリーダーとして圧倒的な存在感を示している。多様なサービスを生み出し、今も進化を続けるAWSは、デジタルトランスフォーメーション(DX)の土壌にもなっている。クラウド活用の在り方がすべての企業に問われる時代、キヤノンITソリューションズ(キヤノンITS)もまた積極的なクラウド戦略を推進している。(以下、敬称略)

業界トップ企業のクラウドシフト

笹部 幸博

キヤノンITソリューションズ株式会社
取締役 常務執行役員 ITサービス事業部長
笹部 幸博
Yukihiro Sasabe

笹部キヤノンITSがクラウドに取り組み始めたのは、2010年ごろです。サブスクリプション型のサービスを広く提供しようということで、写真の預かりサービスなどをスタートしました。こうしたサービスは独自プラットフォーム上で展開しましたが、並行して、グループ企業内でAWSを導入する動きが始まりました。その数年後、クラウド活用が本格化し、2014年にはクラウドインテグレーションセンターを新設。この組織は急速に拡大し、現在ではクラウドサービス推進本部としてクラウド関連ビジネスを牽引しています。ここにはAWSに精通する技術者をはじめ、クラウド専従のメンバーを多数集めています。

長崎クラウド市場の伸びとともに、AWSの組織体制を拡大してきました。ただ、急増するお客さまのニーズに対応するためには、キヤノンITSのようなパートナーの力が欠かせません。当社としても、大いに期待しています。

笹部クラウドサービス推進本部をさらに充実させて、クラウド活用の提案力を一層高めていきたいと考えています。

長崎日本でAWSをスタートして8年ほどになりますが、特に近年は企業のクラウドシフトを実感しています。1つのきっかけは、各業界のトッププレーヤーがAWSの本格活用に舵を切ったことです。加えて、クラウドベースの革新的な新ビジネス、DXが広く知られるようになり、お客さまからのご相談も増えています。ただ、DXへの取り組みは始まったばかり。これからが本番だと思っています。

笹部多くの企業が、DXを掲げてさまざまなプロジェクトを立ち上げています。しかし、その実現に向けて苦労している企業も少なくありません。日本では「IT=コスト」という時代が長く続き、経営者の多くは「削減すべきもの」と捉えていたように思います。こうした考え方がベースにあると、大規模なシステム刷新をできるだけ避けたり先延ばししたりする傾向が生まれます。結果として、IT部門の主たる仕事はメンテナンスになり、ゼロから新しいシステムを考えるような機会は少なくなりました。こうした経験に基づく知見が時間の経過とともに細ってきたことが、DX実現を難しくしている面もあるのではないかと感じます。

長崎確かに、マインドやスキルなどの面で課題は少なくありません。失敗したくない、リスクを取りたくないという気持ちではDXの実現は難しいでしょう。その意味で、マインドチェンジや失敗を許容する土壌づくりが重要です。ただ、体制を十分に整備してからクラウド活用を始めるというアプローチでは、あまりに時間がかかります。あらゆる産業分野で競争が激しくなる中、そんな余裕は持てないはずです。そこで、私たちは「まず使ってみてください」と提案しています。トライアル&エラーを繰り返しながら、肌感覚でクラウドの世界を知ることが重要だと思います。

トップのコミットメントの重要性

長崎 忠雄

アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社
代表取締役社長
長崎 忠雄
Tadao Nagasaki

長崎クラウドのメリットはコスト削減だけではありません。スピードという観点も重要です。クラウドなら素早く、小さくスタートすることができる。リスクを最小化することもできます。トライアルで見つけた有望なものを本格展開すれば、それがDXへの道につながるでしょう。クラウド先進企業も多くの失敗を重ねながら、イノベーションを切り開いています。クラウド登場の前後で、システム開発の考え方やスタイルは大きく変わりました。AirbnbやUberのように、アイデアを素早く形にして、世界で事業展開するスタートアップが続々と生まれています。クラウドを使えば、アイデアのタネを容易にスケールさせることができます。

笹部当社を含むシステムインテグレーターは長年、ウォーターフォール型の開発に取り組んできました。時間をかけて仕様を詰めた上で、開発プロセスに入るというやり方です。クラウド時代にDXを目指すためには、こうしたやり方とは異なる、アジャイル開発を身に付けなければなりません。その際、つくり手にはITと業務にまたがる知識やセンスが必要です。お客さまと一緒に新しいビジネスやサービスを考え、自ら手を動かしてプロトタイプを提示する。そんな人材の育成を強化するとともに、新しい価値提供の形を追求していく考えです。

長崎AWSを活用する多くのお客さまを見て分かったのは、導入して使い始めるとビジネスサイドとITサイドが徐々に融合し始めるということです。業務の担当者はITに、ITの担当者は業務に対してより関心を持つようになります。クラウドを使ってみることで、社内にさまざまな変化が起きるのを実感できると思います。

笹部日本企業の間でも、クラウドの重要性への認識は徐々に浸透しつつあります。先ほどご指摘があったように、各分野のトップ企業がクラウドファーストやDXといったキーワードを掲げて、実際に動き始めています。今では、多くの企業経営者が「変わらないことがリスク」と話すようになりました。冒頭、当社のクラウドシフトについてお話ししましたが、その動きを推し進める上で、経営トップの役割は非常に大きなものがありました。同じように、あらゆる企業においてトップのコミットメントが問われていると思います。

長崎同感です。DXのようなチャレンジをサポートするトップのコミットメントは欠かせません。また、当社のお客さまを見て実感するのは、長期的な視野の重要性です。5年、10年先、あるいはさらに遠い将来を展望して、「市場環境はどう変わるのか」「自社の事業やポジションはこのままでいいのか」と長期スパンで戦略を描いている企業は、クラウドへの移行が早く成果も上がりやすいように思います。

笹部もう1つ、組織の観点を付け加えたいと思います。トップのリーダーシップで新プロジェクトを立ち上げたとしても、既存組織の抵抗を受けて勢いが止まってしまうことが少なくありません。新しいことにチャレンジするチームを既存組織の中に入れると、「昔ながらのやり方」に取り込まれてしまう可能性がある。DXを追求するのであれば、既存組織とは離れたところに小規模のチームを立ち上げるというやり方が適していると思います。

長崎まずは、小さなチームを立ち上げて自由にやらせてみる。

笹部そうです。その考え方は、当社がクラウドインテグレーションセンターを立ち上げるときにも生かされました。アジャイル開発を志向するクラウドのチームを、ウォーターフォールに慣れたチームと一緒にするのはよくないということ。どうしても、人数が多く方法論の確立しているウォーターフォールに引きずられてしまいますからね。

長崎アマゾンでも同じことをやっています。代表例の1つが「Kindle」です。Kindleが普及すれば、既存のEC事業は影響を受けます。売上減を心配する幹部もいるでしょう。それは、事前に予想できることです。そこで、Kindleのプロジェクトは小さなチームでスタートしました。では、既存ビジネスとの折り合いをどのように考えるべきか。私たちの判断基準はシンプルです。つまり、「お客さまがどう思うか」「お客さまにとってメリットがあるかどうか」ということ。お客さまの選択肢を増やし利便性を高めるということで、Kindleにはゴーサインが出されました。

クラウドに精通するエンジニアの育成

笹部クラウドの進化は加速しています。AWSのメニューも時間の経過とともに増え、クラウドサービスの幅は格段に広がりましたね。

長崎今、AWSのユーザー数は世界で数百万に達します。そのお客さまの声に耳を傾けながら、AWSは日々進化を続けてきました。当初はサーバーやストレージなどのサービスに限られていましたが、その後データベースなどが加わり、最近ではデータ分析や機械学習といった機能も提供するようになりました。企業があるサービスを始めようと思ったとき、今では、ほぼクラウドだけで完結できるような世界が生まれつつあります。

笹部DXへの挑戦をサポートする環境は、どんどん整ってきたということですね。私たちとしては、その環境を最大限に活用できるような人材を育成する必要があります。これは、最大の課題の1つといえるでしょう。従来の技術に親しんだエンジニアがクラウドを学べるような環境をいかに整えるか。かといって、ウォーターフォール型の開発が一気になくなるわけではありません。既存システムにこだわりのあるお客さまは少なくありません。そうしたお客さまに対しては、AWSのようなクラウドと組み合わせた最適なハイブリッド環境を提案する場面が増えるでしょう。クラウドだけでなく、既存システムを含めたトータルな対応力を強化していく必要があると思っています。

長崎クラウドに詳しいエンジニアが不足していることは、私たちも強く認識しています。クラウド技術は次世代のスキルセットです。次世代のエンジニアを育成するために、当社としてもさまざまな取り組みをスタートしています。例えば、「AWS Educate」は14歳以上の学生や教育者を対象としたオンラインの学習プログラムで、学習コンテンツやコラボレーションツールなどを提供しています。また、「AWS Academy」は専門学校や大学に対して、AWSが管理するエンドツーエンドのカリキュラムを提供。こちらは教育者と技術者それぞれの育成を視野に入れたプログラムです。今後、それぞれの取り組みを一層拡充していくつもりです。

笹部繰り返しになりますが、エンジニア育成のポイントはITと業務の両方への理解と経験だと思います。どの業界がどのような課題を感じているのか、どういう業務に困っているのかを、エンジニアがこれまで以上に深く知る必要があります。一方では、ハードウェアとソフトウェアの知識を持つフルスタックのエンジニアも求められるのではないか。高いハードルを課すことになりますが、将来に向けてエンジニアの一層のパワーアップを目指したいと考えています。

長崎パートナーからそうしたお話を聞けるのは、とても心強いですね。当社としても、できるだけ協力したいと思います。今後、多くの企業がクラウドの新しい活用法やDXにチャレンジすることでしょう。そこは、正解のない世界です。失敗することもあるでしょうが、それを乗り越えて前に進むしかありません。そんな企業の取り組みを、共に支えていきましょう。

笹部私たちも自らDXの経験を積み重ねつつ、お客さまのDX実現に貢献していきたい。AWSの知見を吸収しながら、当社ならではのノウハウを磨いていきたいと思っています。本日は、どうもありがとうございました。

長崎 忠雄 氏

長崎 忠雄(ながさき・ただお)

1993年、西武ポリマ化成入社。海洋資材の海外販売に従事する。その後、デルに入社。2000年、F5ネットワークスジャパン入社。セールスマネージャー、セールスディレクター、セールスディベロップメントシニアディレクターなどを経て、2006年4月に代表取締役社長兼米国本社副社長に就任。2011年8月、アマゾンデータサービス ジャパン(後のアマゾン ウェブ サービス ジャパン)に入社。2012年2月、代表取締役に就任。

笹部 幸博

笹部 幸博(ささべ・ゆきひろ)

1986年、住友金属工業入社。計測技術開発、設備制御システムの開発に従事。2002年、住友金属システムソリューションズに転籍(現キヤノンITソリューションズ)。製造業向けソリューション開発、生産管理パッケージ開発、組込みソフトウェア事業などを担当し、2014年、執行役員ITサービス事業本部長に就任。取締役上席執行役員、キヤノンマーケティングジャパン執行役員を歴任し、2018年から現職。

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。