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真の価値創造のために求められる企業経営の姿

  • 特別インタビュー

シグマクシス倉重会長に聞く、デジタル時代を切り拓く経営プラットフォーム改革のアプローチ

今、多くの日本企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)を目指している。しかし、残念ながら成功事例は少ない。日本企業がDXに取り組む上で克服すべき課題とは何か。また、デジタル時代に求められる企業像、人財像とは――。
いち早くDXに取り組んできたシグマクシス代表取締役会長の倉重英樹氏に、デジタル活用、新規ビジネス創出のためのアプローチなどを聞いた。

聞き手:キヤノンITソリューションズ株式会社
取締役上席執行役員 企画本部長
石川計一

アナログからデジタル モノからコトへ

キヤノンITソリューションズは、『2025年の崖』をお客さまと共に乗り越え、お客さまのデジタルビジネスを支援する共創パートナーを目指しています。今年は2025年に向けた長期ビジョンを定め、"先進ICTと元気な社員で未来を拓く「共想共創カンパニー」"を掲げ、新たなスタートを切りました。お客さまのDX(デジタルトランスフォーメーション)をサポートする企業として、社内でもDXにチャレンジしています。一方、シグマクシス様はいち早くDXに取り組み、お客さまへのビジネスコンサルティングを通して数々の成果を上げておられます。今回はDXに向き合う上での考え方、ヒントのようなものをお聞きできればと思います。DXにはいろいろなタイプのものがありますが、倉重会長はこれらをどのように整理しておられますか。

倉重 英樹 氏

株式会社シグマクシス
代表取締役社長
倉重 英樹 氏
Hideki Kurashige

倉重氏ビジネスに大きな影響を与えている2つの社会変化があります。アナログ社会からデジタル社会へのシフト、そして「モノ」社会から「コト」社会へのシフトです。これらの社会変化、そして地球規模の社会課題により、企業は多様な経営チャレンジを抱えるようになりました。デジタル化で既存ビジネスを深化していくDX、新たなサービス創造を探索するサービストランスフォーメーション(SX)、そして経営プラットフォームの改革です。残念ながら、多くの日本企業はDXやSX、経営プラットフォームの変革を実現できていません。

日本企業の課題はどこにあるのでしょうか。

倉重氏 DXがうまくいかない理由、その大きな部分は経営者にあると思います。部下に対して「うちのDXはどうなっているんだ」「AIはどうなっているんだ」と聞く経営者が非常に多い。最悪の質問です。デジタルやAIは手段にすぎません。しかし、下問された部下にとっては、その瞬間に、手段が目的に変わってしまいます。とにかくデジタルやAIを使って、何かをしなければならないという気持ちになるでしょう。そして、現場を知らない人が現場にあれこれ指図をして、とりあえず実証実験などを始めるのです。

なるほど、なかなかPoC(概念実証)から先に進まないという話をよく耳にしますね。

倉重氏 構造的な課題もあります。PDCA経営、課題解決型の経営、管理を主眼に置いた階層型組織、マニュアルオペレーションといった20世紀型の経営プラットフォームは、デジタル時代に適合しません。意思決定のスピードが遅く、リスク回避傾向が強いからです。このようなアナログ時代の、「モノ」社会を前提にした経営プラットフォームを変革する必要があります。DXやSXの前に、まずここに手を着けるべきだと思います。

経営プラットフォーム改革は、人と組織の改革でもありますね。

倉重氏 まず「強くなった個人」について説明しましょう。私が社会人になった当時、個人の情報収集能力は組織に遠く及びませんでした。情報発信能力はほぼゼロです。その後のインターネット、SNSの普及によって、個人の情報収集能力、情報発信能力は飛躍的に高まりました。高まったのは、デジタルを使いこなせる個人の能力です。デジタルのリテラシーに欠けていれば、「弱い個人」のままでしょう。若い人たちは強くなりましたが、上の世代は一部を除いて、20世紀にとどまっているようです。

「上の世代」に当たるマネジメント層は、どのようにデジタル社会に向き合うべきでしょうか。

倉重氏 ビジネス能力とデジタル能力を、組織の中でうまく組み合わせる必要があります。上の世代はデジタルを使いこなせないかもしれませんが、ビジネス能力に長けています。いかに組み合わせるかが、経営者の考えるべきことです。経営者は、「うちのDXは~」といった質問はやめて、「顧客との距離をこういうふうに縮めたい」など、目指す方向を明確に示す必要があります。

スピード重視なら現場に任せるしかない

では、新しい経営プラットフォームについて伺います。

倉重氏 経営プラットフォーム改革の目的は、各人の多様性を生かし、経営環境や市場の変化に柔軟に対応して、企業の成長と個人の成長を実現することです。環境変化のスピードは加速しているので、これに対応できるような組織づくりが重要です。変化対応力のカギは創造性とスピード、社内外含めたネットワーキングだと思います。自前主義の時代は終わりました。新しいアイデアを生み出し実行に移すためには、社員の能力向上とともにエンゲージメント強化も求められます。エンゲージメントは、会社の戦略や方針に対して、社員がどれほど積極的に関与しているかという度合い。日本企業はこの指標が世界最低レベルです。このような状態のままでは、DXやSXは期待できません。

次々にアイデアが生まれ、新しいことに挑戦する。それを可能とする組織の構造については、どのようにお考えですか。

倉重氏 重要な論点の一つは、中央集権か分権かというものです。均一性や一貫性、効率性を重視するなら、中央集権が適しています。一方、革新性や柔軟性、スピードを求めるなら分権を目指すべきでしょう。おそらく、日本の大企業のほとんどは中央集権型です。しかし、いま世の中が求めているのは均一性や効率性ではなく、革新性やスピード。分権、つまり現場に任せるほかありません。

個々人の働き方も変わらなければなりませんね。

倉重氏 働き方のモデルとして、マニュアルオペレーション型か試行錯誤型かという軸で考えてみましょう。マニュアル通りの働き方では、新しいものは生まれません。マニュアルに基づく仕事は今後、ロボットやAIに置き換わるでしょう。一方、トライアル&エラーを積み重ねることで、人間の能力や創造性は高まります。組織を考える際、PDCA型かOODA型という軸もあります。計画中心でトップダウンのPDCAは、1世紀以上前の品質管理手法から生まれた考え方です。大量生産、品質向上を目指すには適していますが、そうした分野は狭まっていくでしょう。一方のOODAは「Observe(観察)」→「Orient(状況への適応・判断)」→「Decide(意思決定)」→「Act(行動)」のサイクルを意味します。もともとは敵機と遭遇した戦闘機パイロットの思考回路を説明するものとして米軍で考案された考え方です。

OODAは、ビジネスにも適用できるのですか。

倉重氏 この考え方は米国企業の多くに導入されています。顧客をよく観察し、どのように対応するかを考え、その場で意思決定してアクションを起こす。もしうまくいかなければ、観察に戻ります。OODAループではスピードを要求されるので現場中心。社長に可否を聞くような時間はありません。また、規律型と自律型という軸もあります。会社のルールと管理者の指示で運営する規律型か、権限を持たせたチームが自走する自律型か。デジタル時代に求められるのは、明らかに後者です。

組織にとってミッションやビジョンは重要だと思いますが、どのようにお考えですか。

倉重氏 社会の中でどんな役割を果たすか(ミッション)、自分たちはどうなりたいのか(ビジョン)に、自分たちが共有すべき価値観(バリュー)を加えた「MVV」という言葉がありますが、MVVがしっかりすると、社員のエンゲージメントは高まります。SDGsが強調される時代、MVVはより重要です。

デジタル時代に問われる「人間的能力」

経営プラットフォーム改革のポイントについて伺いました。次に、企業がDXに取り組む際の留意点についてお聞きします。

倉重氏 経営トップチームの下には、既存事業を担う事業部があります。先に述べたように、DXはデジタル化による既存事業の深化。そこで、事業部の下に自律チームを置くのが望ましいと思います。既存事業において、現場主導で取り組むことが重要です。ただし、現場の人たちがデジタルに詳しくない場合も多い。テクノロジーサイドからのサポートは欠かせません。例えば、「何に困っていますか」とか「現行プロセスのどこを変えたいですか」「データをどのように使いたいですか」といった質問をしながら、現場のニーズやアイデアを引き出す必要があると思います。

(写真左)聞き手のキヤノンITソリューションズ株式会社 取締役上席執行役員 企画本部長 石川計一

(写真左)聞き手のキヤノンITソリューションズ株式会社 取締役上席執行役員 企画本部長 石川計一

サービストランスフォーメーション、SXを実現するためのポイントはどのようなものでしょうか。

倉重氏 SXチームが担うのは、新しいビジネスの創出です。従来型のマネジメントでは対応できないので、既存事業のためにつくられた管理機構からは独立させる必要があります。この独立した自治ユニットを成功させるための要件がいくつかあります。まず、トップの強力なサポートは不可欠です。また、既存事業からは独立している一方で、既存事業の持つ資産や能力にはアクセス可能にしておく必要があります。特に注意すべき点は、実証実験と販売テストが終わるまでは事業計画を求めないこと。自治ユニットの立ち上げからの大きな流れは「ミッション、ビジョンの策定」→「計画概要(サービス内容、市場規模、シェア目標、ビジネスモデルなど)」→「実証実験」→「販売テスト」→そして「事業計画」です。

デジタル時代においては、どのような人財が求められるでしょうか。

倉重氏 企業の能力は「戦略×実行力」です。実行力を支えるのが仕組みと人財能力。さらに人財能力は、論理的能力と人間的能力に分解できます。人間の持つ論理的な能力は、今後ロボットやAIに代替されるでしょう。最後に残るのは人間的な能力です。顧客との接点で人間が提供するサービスは、人間的な能力に依存します。サービス品質は、人間の能力とモチベーションの関数。両方を高めることが重要です。

人間的能力とは、具体的にはどのようなものでしょうか。

倉重氏 私は5つの要素で構成されると考えています。創造性やマネジメント能力などの「能力」。これはトライアル&エラーで身に付けるものです。次に「やる気(モチベーション)」ですが、重要なのは目的に向かって自律的に仕事をすること、ワクワク感、誰かの役に立っている実感などです。仕事の内容にもよりますが、顧客、あるいは顧客の顧客などからのフィードバックの仕組みを工夫するなどして、役に立っているという感覚を刺激できるかもしれません。また、会社の社会的な役割に共感すれば、モチベーションも高まります。その意味で、「エンゲージメント」も構成要素の一つです。そして、度胸と勇気、情熱などの「胆力」。度胸がなければ、物事を決めることができません。勇気がなければリスクを取れませんし、情熱がなければ困難を克服できないでしょう。最後に「美意識」です。「真善美を求める心」といってもいいでしょう。

能力、やる気、エンゲージメント、胆力、美意識。いずれも、知識として獲得するようなものではありませんね。

倉重氏 これらを教えることはできません。本人が体験を通じて獲得するほかありません。会社ができることは、体験の場をつくることです。トライして失敗したり、成功したりする中で、人間の能力は鍛えられます。理想をいえば、日常業務が自律的に運営され、トライアル&エラーの場になることです。既存事業では難しいかもしれませんが、経営者は社員の成長のために、できるだけそんな機会を設ける必要があると思います。

確かに会社は社員の成長をサポートしなければなりませんね。

倉重氏 私たちは、社員能力の総体が会社の資産だと考えています。シグマクシスが持続的に成長するためには、社員能力の向上が必須です。そこで、社員が自ら学ぶための環境整備とともに、社員の評価システムづくりにも注力してきました。社員はコア能力とマーケット能力によって評価され、これらの組み合わせによってクラスおよび給与が決まります。

社員の学びを、上司などはどのようにサポートしていますか。

倉重氏 上司だけでなく、本人がアサインされるプロジェクトのリーダー、スタッフ部門、コーチを含めて4方向から個人をサポートします。その道筋を示すのが、一人ひとりが毎年作成する個人能力開発計画です。現在の能力を基に10年後のイメージを言語化した上で、そのためには3年後にどのような能力が必要か、今年はどのような能力を開発するかを明示してもらいます。この計画は本人がつくり、上司と相談して最終的に確定します。承認した上司には、その計画に基づく能力開発支援の責任が生じます。

DXやSXを実現するのは一人ひとりの社員。自ら学ぼうとする社員の成長を、組織や仕組みなどでサポートすることが重要ですね。

「私たちは、社員能力の総体が会社の資産だと考えています」

「私たちは、社員能力の総体が会社の資産だと考えています」

「共創」と「社員の幸せ」の関係性

最後に、最近よく目にするキーワード「共創」ですが、シグマクシス様が実践する共創について教えてください。

倉重氏 シグマクシスの共創には、大きく4つの側面があります。第1に、社員間のコラボレーション。これを支えるのがチームワークです。さらに、個々の社員の持つ社外ネットワークが加わることで、コラボレーションはより強化されます。第2に、クライアントとのコラボレーション。クライアントと経営課題を共有して一緒に解決方法を見いだす、あるいは新たなビジネスモデルを構築する。そのためには、クライアントと当社のメンバーが一体化するプロジェクトチームづくりが欠かせません。1つのチームに両方のメンバーが参加するのであり、2つのチームが対峙するような形は避けなければなりません。第3に、テーマを共有して知恵を出し合うコミュニティやコンソーシアムがあります。個人的な勉強会なども含まれるでしょう。第4に、他社との提携があります。それぞれが強みを持ち合い、より大きな能力を構築するのです。

この共創においても社員が最初に登場しますが、倉重会長にとって社員とはどのような存在でしょうか。

倉重氏 先ほどもお話ししましたが、シグマクシスにとって社員の能力は会社の資産です。それゆえに、社員が幸せでないとクライアントも幸せにすることができません。私は常々社員に「仕事人間よりも生活者であれ」と話しています。ライフワークバランスをサポートすること。これこそが、企業価値を高め共創を進める上で一番重要なことだと考えています。

ワークライフバランスではなく、"ライフワーク"バランスですね。社員を大事にすることこそシグマクシスの強みであり、クライアントからの高い評価を得ることができる。社員を中心とし、クライアントと一体となって「共創」を実現していく姿勢を強く感じました。本日は、貴重なお話をどうもありがとうございました。

倉重 英樹(くらしげ・ひでき)

株式会社シグマクシス代表取締役会長。1966年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本IBM入社。取締役副社長を経て、1993年にプライスウォーターハウスコンサルタント(PwC)の代表取締役会長に就任する。2002年、IBMとPwCのグローバル統合で、社名をIBMビジネスコンサルティングサービスに変更。同社のアジアパシフィック地域責任者に就任し、コンサルティングビジネスを率いる。その後、日本テレコム(現ソフトバンクテレコム)取締役代表執行役社長、投資ファンドのRHJインターナショナル・ジャパン代表取締役会長を経て、2008年にコンサルティング会社「シグマクシス」を設立

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。

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