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スマートファクトリーの時代に日本の製造業が勝つために

  • 特別企画

今、世界規模でスマートファクトリー推進の動きが進行中だ。日本の製造業もさまざまな形でチャレンジを続けている。ただ、この方向を目指すためには、いくつかの重要な課題に向き合う必要がある。情報共有を阻む心理的な壁を乗り越え、海外のライバルとのビジネスモデル競争にも勝ち抜かなければならない。この分野で積極的な活動を続ける東京大学大学院の越塚登氏に、スマートファクトリーへの道を展望してもらった。

共有可能な情報をサイロに閉じ込めていないか?

越塚 登 氏

東京大学大学院
情報学環教授
越塚 登 氏
Noboru Koshizuka

日本経済の牽引役といわれる製造業は、今大きな曲がり角に差し掛かっている。適切なハンドルさばきができるかどうかは、日本の行方にも大きな影響を与えるだろう。世界中のメーカーの多くが、スマートファクトリーを推進している。背景にあるのは、AIやIoTをはじめとする技術の進化だ。日本メーカーはこうした動きに対して、どのように向き合うべきだろうか。

この問題を考える前に、まずスマートファクトリーについて整理しておこう。

東京大学大学院教授の越塚登氏は、「スマートファクトリーの概念は非常に広いものであり、『これがスマートファクトリーだ』と一概には言えません。工作機械やロボットなどが置かれている工場だけを想定するのではなく、もっと広い視点で考える必要があると思います」と語り、こう続ける。

「生産をする現場という観点では、工場のような建屋のない場所、例えば建築現場などもスマートファクトリーになり得るはずです。つくったものがどのように運用されているかといった情報も重要ですから、保守サービス事業者などとの情報共有も欠かせません。その上で、究極的には国内外の関係するプレーヤーがつながり、調達・生産から販売、保守、廃棄に至る製品ライフサイクルの最適化を目指すーーそれが、私の考えるスマートファクトリーです」

越塚氏が例に挙げたのは、造船メーカーと船会社との間の情報共有である。造船メーカーは図面や部品などに関する製造情報を持っている。一方の船会社は、それぞれの船舶がどの時期に、どのような航海をしてきたかという情報を蓄積している。

「造船メーカーの情報が船会社と共有されれば、船体のどこに疲労がたまっているのかを推定することができます。結果として、メンテナンスの効率が高まります」と越塚氏は言う。

逆に、船会社の情報が造船メーカーに渡れば、耐久性やメンテナンス性を高めた船づくりに生かせるはずだ。製造側と運用側との情報共有は双方にメリットがある。スマートファクトリーの重要な視点だろう。

製造と卸売りや小売りなどの関係においても、同じことがいえる。ドイツの産業戦略である「インダストリー4.0」が目指すのも、このような方向でのサプライチェーンの最適化だ。

これには会社の垣根を越えた情報共有が求められる。しかし、この観点で見たとき、日本メーカーには課題があると越塚氏は指摘する。

「生産現場のノウハウには優れたところが多くありますが、残念ながら、それが工場や部門、あるいは社内といったサイロ内に閉じているケースが多い。自分たちの技術が外に出るのを嫌がる傾向があり、手持ちのノウハウだけを使って他社と差異化を図ろうとしているように見えます。海外メーカーが多様なプレーヤーとつながって新しい価値を創出しようとしている今、これまで通りのやり方でいいのかをあらためて考えてみる必要があるでしょう。また、社外との情報共有を行う際のセキュリティを心配する声もよく聞きますが、これは技術的に解決できる課題です」

企業にとって秘中の秘ともいえる「匠(たくみ)の技」は製品を差異化する決定的な要素である。とはいえ、製造全体に占める割合はそれほど多くはない。越塚氏は「業界によって違いますが、おそらく匠の技といえるのは5%程度ではないでしょうか」とみている。100個の部品から成る製品があるとすれば、そのうち5個が匠の技でつくられているというイメージだ。それならば、残り95%のデータは秘密にしておく必要はなく、取引先と共有する、あるいはオープン化することができるはずだ。

どの情報を企業秘密として非公開にし、どこまでをオープンにできるかを決めておき、できるところから情報共有することでスマートファクトリー実現への道が見えてくるだろう。

日本企業の強みは品質管理

日本企業のビジネスモデルに関わる課題もある。「サービス化の流れが進行し、サブスクリプションモデルなどが広がったときに、果たしてこれまでのような有利な戦い方ができるのだろうか」と越塚氏は懸念している。

「日本企業の強みはものづくりだ、とよくいわれます。これは半分正しくて、半分間違っていると思います。今や、中国やアジア諸国のほうが、多様なものを大量に生産しています。日本では、ものづくりの現場が少なくなっているのです。私自身は、日本の強みは品質管理にあると考えています。品質管理の重要性が高い分野では、日本企業は高い競争力を維持しています」

自動車は好例だろう。日本車が海外市場での評価を高める上で、高品質で故障が少ない点は大きな差異化ポイントになった。しかし、自動車がモビリティーサービスになると、状況は変わるかもしれない。これが、越塚氏の懸念である。

「サービスという観点では、トータルの品質こそが重要であり、モノ自体の品質は価値全体のごく一部という考え方が広がる可能性があります。海外では、そうした発想でサブスクリプションビジネスを展開する企業が少なくありません。自動車のサブスクリプションモデルで考えてみると、利用者にとってはモノ(自動車)自体の品質は本質的な問題ではありません。故障したとしても、すぐに代替の移動手段が提供されればそれでいいのです」

価値競争の主戦場がサービス品質にシフトしたとき、品質管理の比重は低下する。そんな時代が到来するかもしれない。

日本企業はものづくりにこだわりを持っている。だから、製品の品質を99%から99.99%に高めるために、品質管理を含めて多大な努力を傾注する。一方、海外のライバルは同じ土俵で戦おうとはせず、「製品品質は95%くらいでOK。その代わり、サービスレイヤーで勝負する」という戦略を取るのではないか。それが越塚氏の見立てだ。

その場合、サービス品質を高めるためのビジネスモデルやシステムこそがキモになる。故障しない製品をつくるのではなく、故障したときに代替品を用意できる流通の仕組みを整えることだ。工場と流通などの関係者をつないで情報をやりとりし、顧客視点での最高の満足を与えるような取り組みである。これも、スマートファクトリーの1つの形だ。

日本企業としては、1つの問いに向き合う必要がありそうだ。自分たちが提供する製品分野では、品質管理の重要性を将来にわたって高く維持できるか否かーー。もし不安があるなら、サービス化に向けた取り組みを加速する必要がありそうだ。

エッジ重視のスマートファクトリーを目指す

スマートファクトリーの将来を展望する上で、「クラウドとエッジ」の関係についても考える必要がある。工場で生成される大量のデータをすべてクラウドに載せて分析するのは、ネットワークの負荷を考えると現実的ではない。分析結果を工場設備の制御に即座に反映させようとすれば、ネットワークの遅延が問題になる。

そこで、エッジコンピューティングという考え方が注目されている。センサーなどから集めた一定のデータをエッジ(設備や機械など)で分析処理して、設備の制御を最適化するなどの価値を生み出そうというもの。リアルタイム処理が必要なデータはエッジ側、日次処理が可能なデータはクラウドといったすみ分けが進むと考えられるが、これらの境目が明確に定まっているわけではない。なお、両者の中間に工場内サーバーを置くなど、いくつかのレイヤーでの役割分担が進むという見方もある。

「クラウドとエッジ、どちらがスマートファクトリーのイニシアチブを握るか。それは、製造業の将来を左右するテーマです。クラウドを展開するプラットフォーマーは、当然、クラウド側で価値のあるデータを集めようとするでしょう。一方、製造業としてはエッジでインテリジェンスを生み出す仕組みを求めているはず。今後、プラットフォーマーと製造業の間で綱引きになる可能性があります」と越塚氏はみる。同様の主導権争いは、自動運転のシステムなど他の分野でも見ることができる。

そこで、越塚氏が今注力しているのが、製造業の強みを生かしたスマートファクトリーを目指す一般社団法人IVI(Industrial Value Chain Initiative、理事長:法政大学・西岡靖之教授)の活動だ。IVIには製造業や製造機械メーカー、ITベンダーなどの各社が参加しており、越塚氏も研究者としての立場から積極的に関与している。

「IVIでは工場間のデータ流通を地道に調査・分析するなど、地に足のついた活動と提言を行っています。クラウドがイニシアチブを握る形ではなく、製造業が主体性を持ってスマートファクトリーを推進できるよう、データ連携の在り方などを工夫しました。特に日本の製造業の方々には、IVIにぜひ注目してもらいたいですね」

「変えろ」というだけでは何も変わらない

工場をスマート化するにあたりいくつかの課題がある。その1つが、製造装置の問題だ。工場には古くから使い続けている製造装置があり、それにはセンサーが搭載されておらずインターネットにも接続できないものが多く、スマートファクトリーを実現するための障壁となっている。さりとて最新鋭の機器の導入には莫大な費用がかかる。

しかし後付けのIoT機器を活用することで、この問題を解決できる可能性がある。例えば、デジタル化されていないメーターの検針は、カメラを取り付けてAIで画像認識させることでデジタルデータとして取得できるようになる。このように後付けでセンサーを取り付け、データを取得する方法を考えていくのは有効である。

スマートファクトリー化は従来からの作業内容や作業員の配置を大きく変えることになるため、現場からは反発が予想される。変革を恐れる人や組織に対して、どのようにして合意を得るかというのは大きな課題だ。この課題を解決するためにマネジメントの役割は大きいと越塚氏は言う。

「工場をスマート化すれば、モノの流れや業務の流れも変わります。部長や課長の数、組織の形も同様です。マネジメントそのものを変えなければなりません。それは困難や苦しみを伴うプロセスですが、日本企業は『変える』ということを軽く考えているように感じます。組織を変えるための技術もあるし、経営学にはチェンジマネジメントという分野もあります。こうした専門的な知見に目を向けないまま、社長が『変えなさい』と言えば変わると思っているようでは、結局のところ何も変わらないでしょう。スマートファクトリーでも、同じことです」

スマートファクトリーを推進すれば、どこかの担当者はAIに置き換えられるかもしれない。その担当者をどのように説得するのか、あるいは当人の経験を生かせる別の場を用意することができるのか。そのためには、人間心理への洞察に基づく注意深いアプローチが必要だろう。また、組織の構造や在り方とITの変革も求められる。

「チェンジマネジメントには心理学や組織、ITという3方向からの取り組みが必要だと思います。一部だけを取り出して変えようとしても、現場の抵抗を受けて前に進まなくなるでしょう。スマートファクトリーはその種の変革であり、経営者には相当の覚悟が求められます」と越塚氏は言う。現場任せでは、スマートファクトリーは実現できない。今、経営者のリーダーシップとコミットメントが問われている。

越塚 登(こしづか・のぼる)

1994年、東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻博士課程修了。2009年から東京大学大学院情報学環教授。ユビキタス情報社会基盤研究センター長も務める。研究テーマはユビキタスコンピューティング、リアルタイムシステムなど。

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。

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