デジタルビジネスへの挑戦

  • 対談

SIerを取り巻く動向と今後の展望

(写真左)
一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
会長
横塚 裕志 氏
Hiroshi Yokotsuka

(写真右)
キヤノンITソリューションズ株式会社
代表取締役社長
足立 正親
Masachika Adachi

デジタル化の大きな波が社会全体、そして企業に押し寄せている。こうした中で、情報サービス産業にもビジネスモデルや意識の変革が求められている。より顧客のビジネスに近づき、顧客と共に考え、悩みながらイノベーションを生み出すビジネスパートナーへと生まれ変わる必要がある。そんな方向を目指すためのアプローチとはーー。JISA会長を務める横塚裕志氏と足立正親社長が語り合った。(以下、敬称略)

重要性が増す現場部門との対話

足立 正親

キヤノンITソリューションズ株式会社
代表取締役社長
足立 正親
Masachika Adachi

足立横塚会長とは、20年ほど前からのお付き合いです。当時は、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)のIT部門におられましたね。私は担当営業としてよくお邪魔していました。

横塚たぶん、私は課長だったと思います。

足立その頃感じた印象ですが、「この課長さん、何か新しいことをやろうとしているな」と。そんなところは、20年たってもあまり変わりませんね。

横塚新しいこと、面白いことをしたい。そういうワクワク感があれば、モチベーションも上がります。2015年にJISA(一般社団法人情報サービス産業協会)の会長になってからも、その姿勢は変わっていないつもりです。

足立キヤノンITソリューションズも、JISAの会員企業の1社です。当社はキヤノンマーケティングジャパングループにおいてITソリューション事業の中心的な役割を担っています。あらゆる事業領域でITが中核となっている今日、情報サービス産業を取り巻く環境変化、私たちが進むべき道についてお話しできればと思います。

横塚環境変化は加速しています。まず、GAFAのような巨大企業が、次々に大きな変化を起こしています。また、既存企業にとっても、デジタルトランスフォーメーションが大きなテーマになっています。デジタルを使って自らを変革できなければ、ディス ラプト(破壊)される側に回ってしまう。多くの経営者が、そんな危機感を強めています。

足立私もお客さまと接する中で、デジタルトランスフォーメーションへの意欲が高まっているのを実感しています。一方で、私たちのSIビジネスも変わらなければなりません。ますます、その思いを強くしています。どちらかというと、以前のSIerはお客さまのIT部門とのお付き合いがメインでした。これからは現場である事業部門とも積極的に対話をし、お客さまのビジネスにもっと近づいていく努力が必要です。そして、お客さまと共に課題の発見や解決、新たな価値づくりに取り組むビジネスパートナーになる。おそらく、多くのSIerが同じ方向を目指しているのではないでしょうか。

横塚SIビジネスというと、受託開発のイメージが強かったように思います。足立さんの言うように、これからは顧客と一緒にビジネスモデルをつくる、あるいは一緒に売上や利益を高めるような仕組みを考えていく。そんな存在にならなければ、企業としての成長は見込めないでしょう。

* 米国の巨大IT企業であるGoogle、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字を取ったもの

「2つの覚悟と3つのシフト」

横塚 裕志

一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
会長
横塚 裕志
Hiroshi Yokotsuka

足立横塚会長は、日本のSIerの進むべき方向をどのように考えていますか。

横塚私たちは「JISA Spirit」というスローガンを掲げています。「ソフトウェアで『!(革命)』を 一人ひとりに『!(おどろき)』を お客様に『!(きらめき)』を 私たちに『!(ワクワク)』を」というものです。第4次産業革命が進行する中で、革命や驚き、きらめき、ワクワクを実現したい。お客さまと一緒に、そんな世界をつくっていくことが大事です。

足立そのために、各社には具体的にどのような変化が求められるでしょうか。

横塚私たちは、「2つの覚悟と3つのシフト」と言っています。経営者には世界で勝ち抜く技術者の養成に向けた覚悟、第2の創業の心意気で新ビジネスを生み出すという覚悟が求められます。3つのシフトには、まずビジネスモデルのシフトがあります。従来の受託型からクラウドサービスなど、別のモデルへのシフトを進める必要があるでしょう。次に、技術者のマインドのシフトです。受託型ビジネスでは、ともすれば技術者は待ちの姿勢になりがち。そうではなく、お客さまと一緒に考え、一緒に悩みながら新しいものをつくっていく。そんなマインドを持つ必要があります。そして、ワークシフト。これは、働き方改革と言い換えてもいいでしょう。残業続きの職場環境では、技術者がワクワク感を持つのは難しい。発想力を養うためにも、ある程度の余裕が必要です。

足立その課題認識は、私たちも共有しています。道半ばとはいえ、少しずつ成果も見え始めています。例えば、ビジネスモデルのシフト。当社においても受託開発事業は大きな比重を占めていますが、徐々に別のモデルへのシフトを進めてきました。

横塚具体的にお聞きしたいですね。

足立例えば、従来のスクラッチでのシステム開発だけではなく、製造業や流通業向けに、業務分野ごとに適したアプリケーション製品を組み合わせ、クラウド運用も含めた柔軟なシステム構成でお客さまに適した基幹システムを提供する基幹業務トータルソリューション「AvantStage」(アバントステージ)があります。そのラインナップの1つである需要予測・需給計画ソリューション「FOREMAST」には、種々のSCM関連のコンサルティング業務で蓄えた知見が結集されています。研究開発部門の数理技術専門家たちが進化させたFOREMASTは、多様な業種・業態のお客さまに導入されています。

横塚キヤノンITソリューションズでは、お客さまによってソリューションの提供スタイルも工夫をされているんですね。やはりこれからは、課題発掘、提案、サービス提供型のビジネスモデルが主流となってくるのでしょう。

足立はい。他にも、教育支援情報のプラットフォーム「in Campus SERIES」は、学内情報を発信するポータルと学習管理システムなどのさまざまな機能を備えています。東京大学や明治大学などの大学に導入され、多くの学生や教職員をサポートしています。各大学さまでの導入を容易にしていくために、基本機能をコアモジュール化しつつ、柔軟なカスタマイズ・拡張対応可能な仕様にしており、他の大学への展開とともに、中学校・高校にも広げていきたい。その際、クラウドサービスとしての提供を含めて検討しています。今後はこのようなサービス提供型のビジネスモデルに一層注力していきたいと考えています。

「自らを変える」という機運を高める

横塚ビジネスモデルのシフトは、着実に進んでいるようですね。技術者の育成やマインドシフトといった観点では、何か取り組んでいることはありますか。

足立デジタルビジネスの拡大に向けて、研究開発部門のメンバーを前線に送り込み、お客さまと直接ビジネスの話をし、エンジニアたちがお客さまのビジネス現場に足を踏み入れ、IoTやAIをはじめさまざまなデジタル技術を用いて一緒に新しいビジネスを考える。こうした取り組みを通じて技術力を高めつつ、お客さまと共に新しいビジネスを創出していきたいと考えています。

横塚すばらしいチャレンジですね。研究者や開発者が現場に出て「どこに課題があるのか」を考え、「どうすればお客さまの役に立てるか」「どうすれば人々が喜んでくれるか」と悩みながら自分の技術に工夫を加えたり、足りない知識を勉強したりする。そういう環境の中で新しいワクワクも生まれるでしょうし、人は自ら成長するものだと思います。

足立技術力だけでなく、発想力も磨かれるのではないかと期待しています。

横塚発想力を支えるのが感性でしょう。スマートフォンがない時代の消費者は、「iPhoneが欲しい」とは言いません。相手が企業でも同じ。ビジネス現場の声を聞くことは大切ですが、そこから洞察を得るには感性のようなものが必要です。顧客が何となく感じているけれども言語化できない、そんな奥底のニーズを感じ取る力が求められると思います。

足立鍵を握るのは若手の力かもしれません。

横塚私も、若い世代の発想力や感性に希望を感じます。社会人では30歳前後までを“ゆとり世代”と言うそうですが、私に言わせれば、人間性の中にゆったりしたスペースを持っている。だからこそ、発想力が生まれます。余裕がなければ、面白いアイデアはなかなか出てこないでしょう。災害が起きたときなど、ボランティア活動に精を出す若者も多い。彼ら彼女らは被災者の思いを鋭敏な感性で受け止め、「人のためになりたい」「誰かを助けたい」と本気で考えています。そういう気持ちは、イノベーションを生み出すエンジンにもなるはずです。

足立同感です。当社は「CHANCE」という名称の社内起業提案制度を2015年から開始しました。これは、現在の所属部門や担当業務にとらわれることなく、自らのアイデアを事業化したいという意思と熱意を持った社員に事業化検討の機会を提供する仕組みです。最終的に役員が支援者としてつけば事業化へのステップを踏み出し、その際には必要な人材も公募で集められます。斬新でユニークなアイデアを持った社員、中でも若手の挑戦者に期待しています。事業化の事例はまだ少ないのですが、今後、この流れを少しずつ太くしていきたいと思っています。

横塚将来の企業や社会を支えていくのは若い人たちですからね。その力をいかに引き出すかを経営者は真剣に考えなければなりません。

足立ビジネスに直接関わることではありませんが、実は、当社では年間を通じて小中学生向けのプログラミング教室や中高生向け企業訪問プログラムを開催しています。あらゆる産業分野において、これからはソフトウェアの役割が一層大きくなります。デジタルトランスフォーメーションの時代を、小中高校生たちに力強く生き抜いてもらいたいという思いから始めた試みです。当社に興味を持ってくれて、将来入社してくれればうれしいのですが(笑)、別の道に進んでもきっと役に立つと思います。

横塚JISAでは学校教育をデジタル化する取り組みをスタートさせました。鳥取県の青翔開智中学校・高等学校との共同プロジェクト「中学校デジタル化in青翔開智」です。JISA Spiritの実現に向けた象徴的な取り組みで、デジタルの視点で学校教育を捉え直そうとするもの。第4次産業革命後の学校の姿を、先生方や生徒たちと一緒に考えながらプロジェクトを進めています。

足立中学生たちの将来が楽しみですね。私たちにとっても、自分の仕事をはじめさまざまなテーマをデジタル視点で捉え直すことが大事です。もちろん、お客さまのビジネスも同様。デジタルトランスフォーメーションをリードできるよう、まずは、私たちが「自らを変える」という機運をもう一段高めていきたいと思っています。

横塚2015年にJISA会長に就任して以来、情報サービス産業の変革に向けて旗振り役を務めてきました。先ほど紹介した「2つの覚悟と3つのシフト」も、そんな活動の一環です。今日のお話を聞いて、キヤノンITソリューションズも共通の課題認識を持ち、積極的に変化しようとしていることが分かりました。期待が膨らみます。ぜひ、デジタルトランスフォーメーションの先頭を走って、この業界の変革をリードしていただきたい。そして、さまざまな先進事例を公表して、JISA会員企業にポジティブな刺激を与えてもらいたいと思います。

足立当社自身の変革のスピードを上げ、ご期待に応えていきたいと思います。本日は、どうもありがとうございました。

横塚 裕志 氏

横塚 裕志(よこつか・ひろし)

1973年、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)入社。情報システム部長、常務取締役IT企画部長を経て、2009年に東京海上日動システムズ社長に就任。2013年、東京海上日動システムズ顧問に就任。一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)会長のほか特定非営利活動法人 CeFIL理事長兼DBIC代表も務める。

足立 正親

足立 正親(あだち・まさちか)

1982年、キヤノン販売(現・キヤノンマーケティングジャパン)入社。ビジネスソリューションカンパニーMA販売事業部金融営業本部長、MA販売事業部長。2015年に取締役兼常務執行役員、ビジネスソリューションカンパニープレジデントを経て、2018年1月にエンタープライズビジネスユニット長、2018年3月に当社の代表取締役社長に就任。

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。