CASE時代の車載システム開発
100年に1度の大変革期に挑む

  • 特集

組込みソフトの幅広い経験を車載システムに生かして成長をめざす

「Connected」「Autonomous/Automated」「Shared & Services」「Electric」──これらの頭文字をとった「CASE」という潮流が自動車産業を大きく変えようとしています。この変革期において、キヤノンITソリューションズは自動車メーカーやサプライヤー向けの車載ソリューションを拡充しています。さまざまな製品で培った組込みソフトの技術をベースに、最新技術を積極的に取り入れつつ提供価値の向上をめざします。

複雑化する車載システム 高まるソフトウェアの付加価値

湯澤 武、川村 和義、井坪 正

(左から)
キヤノンITソリューションズ株式会社
エンベデッドシステム事業部
オートモーティブシステム開発本部 第一開発部 部長
湯澤 武
Takeshi Yuzawa

キヤノンITソリューションズ株式会社
エンベデッドシステム事業部
オートモーティブシステム開発本部 第五開発部 部長
川村 和義
Kazuyoshi Kawamura

キヤノンITソリューションズ株式会社
エンベデッドシステム事業部
オートモーティブシステム開発本部 第四開発部 部長
井坪 正
Tadashi Itsubo

自動車産業は、100年に1度の変革期にあるといわれています。変革の4つの側面を表す「CASE」というキーワードも一般化してきました。「Connected(コネクティッド)」「Autonomous/Automated(自動運転/自動化)」「Shared & Services(シェアード&サービス)」「Electric(電動化)」の頭文字をとった言葉です。

クルマがクラウドにつながり、さまざまな情報やサービスを受け取ったり、車載のアプリケーションをアップデートしたりする。今、そんな動きが進行中です。自動運転/自動化に向けた取り組みも本格化しており、国内では2021年に自動運転レベル3のクルマが発売されました。レベル3では、高速道路などの特定条件下ですべての運転操作をシステムに委ねることができます。世界の関係各社はさらに高度なレベル4、レベル5の実用化に向けてしのぎを削っています。

また、Uberに代表される、モビリティ分野のシェアリングサービスも世界各地で広がっています。電動化については、EVの急速な普及が話題になっています。

CASEに向かう流れに伴い、車載システムの役割はますます重要になっています。クルマという商品に占めるソフトウェアの付加価値比率は、さらに高まる方向にあります。ソフトウェアの量と複雑性も増しており、今日では、搭載されたプログラムの行数が1億行を超す高級車も珍しくありません。

「クルマに搭載するECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)は増えています。かつては1台に数個程度という時代もありましたが、現在はその数が100を超える車種も少なくありません。それぞれのECUにソフトウェアが載っているので、トータルのソフトウェア量は膨大です」と語るのはオートモーティブシステム開発本部 第五開発部 部長の川村和義です。さらに、オートモーティブシステム開発本部 第四開発部 部長の井坪正はこう補足します。

「昔のクルマは走る、曲がる、止まるという動力の制御だけを行っていました。今ではミラーを起こす/畳む、スライドドアの開閉など多様な機能をソフトウェアが担っています。ソフトウェアが増えるのは、時代の流れと言えるでしょう」

近年、車載ソフトウェア市場は急速に拡大しています。自動車メーカーおよびサプライヤーは、ソフトウェア部門を拡充するとともに、ITベンダーとの協力関係を強化しています。

「例えば、コネクティッドの世界ではクラウドとの連携が必須です。ネットワークやソフトウェアの知見、技術を持つITベンダーへの期待が高まっています。自動運転やシェアード、電動化といった分野でも同様です」(川村)

このような環境変化に対応し、キヤノンITソリューションズは車載システム関連の事業を強化しています。

車載分野の標準に対応し、AUTOSARの知見を高める

エンベデッドシステムとも呼ばれる組込みソフトというカテゴリーの中で、車載システムは大きな位置を占めています。組込みソフト分野において、キヤノンITソリューションズは数十年にわたって経験と知見を蓄積してきました。オートモーティブシステム開発本部 第一開発部 部長の湯澤武はこう説明します。

「1980年代半ば、キヤノンのハンディターミナルを使った、車両向け故障診断ソフトウェアの開発を手掛けたのが、車載事業の始まりです。クルマ1台1台のコネクタとつないで、ECUの状態を診断するためのハンディターミナル。ディーラーがメンテナンス時に用いる装置です」

現在はハンディターミナルという専用端末だけでなく、クルマとPCをつないで診断が行われています。ただ、PCにインストールするアプリケーションの開発は続いています。その間、複合機やデジカメといったキヤノン製品を中心に、組込みソフト開発の経験を積み重ね、2000年代に入ってから自動車産業との関係がさらに深まりました。

「メガサプライヤー向けの生産管理システムの開発に参加したことで、自動車産業との接点が生まれました。その後、車載ソフトウェアの分野に参入。今では複数のメガサプライヤーと自動車メーカーに車載ソフトウェアを提供しています」(湯澤)

車載ソフトウェアにおいて、キヤノンITソリューションズにはいくつかのアドバンテージがあります。

まず、AUTOSARに関する知見です。急増する車載ソフトウェアについて、そのすべてを一から開発するのは非効率です。再利用や効率的な開発を進めるためには、標準化が欠かせません。こうした課題意識をベースに、欧州の自動車メーカーとメガサプライヤーが中心になりAUTOSARという団体を立ち上げました。その後、AUTOSARは欧州以外の地域にも広がり、現在では日本メーカーの多くもその会員に名を連ねています。

「以前はECUに載せるソフトウェアを開発するために、独自でプログラムを作成していました。AUTOSARはそうしたプログラムの中でも、メモリや通信などの基本機能を担うプラットフォームです。これを活用することで、開発生産性を大きく向上させることができます」と川村は話します。最近は自動運転や運転支援などの高度な機能に対応するため、AUTOSARからAdaptive Platformが生まれました。キヤノンITソリューションズは、Adaptive Platformに関する技術蓄積も進めています。

「車載ソフトウェアは高度化しており、自動車メーカーがすべてを自前で開発するのは現実的ではなくなっています。ソフトウェアの再利用性や開発効率を向上させることがAUTOSAR普及の大きな要因ですが、大規模な自動車メーカーの中には独自プラットフォームを開発する動きもあります。また、Adaptive Platformと似たような機能を提供するプラットフォームもいくつか登場しており、どのように協調していけるかは不透明。こうした動向を見ながら、適切なポジションを確保していく必要があります」と井坪は話します。

確立された開発プロセスでソフトウェア品質を担保する

組込みソフトの経験を通じて蓄積した品質管理のノウハウも、キヤノンITソリューションズの強みの一つです。

「品質重視はキヤノングループ全体の特長です。車載ソフトウェアの分野にはAutomotive SPICEという業界標準の開発プロセスがあり、私たちはいち早くこれに準拠するプロセスを整備しました。例えば、特定の要求が設計やプログラムのどの部分に対応しているのか、すべての要求について確認しテストをしなければなりません。車載ソフトウェアの品質要求レベルは非常に厳しい。確立された開発プロセスによって、その品質を担保しています」(川村)

自動車開発の分野には、機能安全という考え方があります。エンジンやブレーキ制御関連の機能は人の命に関わるので、開発には最高レベルの厳格さが求められます。一方、エンジンやブレーキ制御関連ほど厳格さを求められない機能もあります。求められる安全レベルによって、開発プロセスへの要求度はレベル分けされています。キヤノンITソリューションズは、こうした機能安全の考え方に基づいて車載システムの開発を行っています。

注目を集める開発手法への対応も積極的に進めています。その一つが、車載システム開発において普及しつつあるモデルベース開発(MBD)です。従来は、C言語によるプログラミングが一般的でしたが、最近はモデルと呼ばれる数式を用いてシミュレーション機能を活用することで複雑なソフトウェア開発を効率化するMBDを採用する動きが目立ちます。

「自動車業界では、各社がMBDを積極的に推進しています。私たちとしても専門の技術者育成に注力しつつ、増加傾向にあるMBD案件に対応しています」と湯澤は語ります。

セキュリティ技術にも強みがあります。コネクティッドの時代、クルマは外部とネットワークでつながるので、どうしてもセキュリティリスクにさらされます。もし外部の誰かがクルマの制御システムに侵入すれば、大きな事故につながりかねません。

「どの自動車メーカーもセキュリティ対策を非常に重視しています。また、この分野では法制度の整備も進められています。私たちは車載システム開発を受託するだけでなく、セキュリティ確保のための開発プロセス構築においても、お客さまをサポートしています」と川村は言います。

もう一つ、デジカメや医療機器などの分野で磨いた画像処理技術も強みと言えるでしょう。自動運転や運転支援といった機能が普及しつつある中で、画像処理技術の重要性はさらに高まると考えられます。

AUTOSAR─クラウド連携システム開発の概要(図1)

AUTOSAR─クラウド連携システム開発の概要(図1)

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*1 OTA(Over The Air):無線で車載ソフトを更新する機能

*2 CAN(Controller Area Network):車載ネットワークの通信規格

セキュリティ確保を重視した開発プロセス(図2) 車載システム開発の受託だけでなくセキュリティ確保のための開発プロセス構築にも注力

セキュリティ確保を重視した開発プロセス(図2)
車載システム開発の受託だけでなくセキュリティ確保のための開発プロセス構築にも注力

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インカーとアウトカーを一気通貫でカバーする提案力

キヤノンITソリューションズが提供する車載ソリューションは、自動車メーカーやサプライヤーのニーズに応じて提案、開発されるシステムです。

「お客さまによって、やりたいこと、実現したい機能は多様です。その要求を満たす車載システムを、当社の持つさまざまな要素技術を組み合わせて提供しています。幅広い要求に対応する提案力には自信があります」(川村)

CASEの時代、クラウドなど外部とクルマ内部との連携は深化しつつあります。川村はこう続けます。

「内部と外部はインカー・アウトカーと呼ばれますが、当社はこれらを一気通貫で提案することができます。クラウドやネットワーク、車載システムにおける経験と技術をベースに一括したソリューションを実現することで、お客さまへの提供価値を高めています」

車載システムの周辺領域では、HILS(Hardware-In-the-Loop Simulation)を用いた自動検証環境も提供しています。HILSは実機/実車を模したシミュレーションを可能にする開発用シミュレータ。プログラムを搭載したECUが正常に動くかどうかという検証を実機で行う場合に比べると、シミュレーションなら大幅な効率化が可能。検証条件の設定も多様です。

「ECUのプログラムの先には、さまざまなハードウェアがあります。例えば、ECUがモーターに信号を送るとしましょう。以前は、オシロスコープの波形を見て、信号が正しく送られているかどうかをチェックしていました。シミュレータを使えば、容易に、かつ早い段階で品質を確保でき、工数を大きく削減することができます」と井坪。実機/実車での検証前に品質を作り込むことができるので、手戻りの可能性も低減します。

キヤノンITソリューションズは、成長分野である車載ソリューションにさらに注力していく考えです。

「AUTOSARやセキュリティをはじめとする得意分野をさらに伸ばしつつ、不足感のある要素については、教育機関やベンチャー/スタートアップとの協業などによって補うつもりです。同時に、技術者育成にも注力しています。それにより幅広く、厚みのある車載ソリューションを提供していきたいですね」と井坪は話します。

CASEという世界的な潮流の背景には、さまざまな社会課題があります。地球環境というグローバルアジェンダもあれば、交通弱者への対応という地域課題、しばしば報じられる高齢ドライバーによる事故という課題もあります。クルマが進化することにより、こうした社会課題の少なくとも一部を解決するための道筋が見えてくるでしょう。キヤノンITソリューションズは、車載ソリューションの拡充を通じて、社会課題解決の一翼を担いたいと考えています。

※ 記事中のデータ、人物の所属・役職などは、記事掲載当時のものです。